HISTORY
『 酒井 愁 - HISTORY 』

「ドラマー覚醒編・"棘の入口"」


〜第一章〜



東京に再び降り立った…!

家賃¥28000の安アパートから俺のドラマーへの道はスタートした。
便所はあったが風呂無し。

しかし十七歳の初めての砦には充分過ぎるくらいだった。
銭湯がすぐ近くにあったしね。

自分の地元とは離れた所に住まいを決めた
ツルむ人間も居ない。
勿論俺を再び悪の世界に導く悪友達や後輩達も居ない。
新しい自分に生まれ変わる為への浄化のつもりでもいたが頼れるのは己だけの状況は不安ではなく初めて感じる高揚感で何故か一杯だった。

直美さんと一緒にこれからの生活に必要な買い物をしていると直美さんが「プレゼントしたい物がある」と楽器屋に俺を連れて来てくれた。

初めて訪れる楽器屋は異次元空間の様だった。

当時の楽器屋の店員は何故かタメ口で気さくに話かけてくるのだ。
先導する直美さんに店員が

「ねぇ、お姉さん何か探してんの?」

と話し掛ける。

「あぁ!?テメェ!直美さんに何タメ口で馴れ馴れしく唄ってやがんだ!?コラァ!!」

とついつい胸ぐらを掴む俺に

「ちょっと!何してんの!!私達は接客を受けたのよ!」

と激しく直美さんに怒られる…

「え?接客?だってコイツがいきなり馴れ馴れしく直美さんに語りかけやがって…あ…ごめんなさい…!」

そしてドラムフロアに行く。
すると直美さんはドラムペダルを二つ手に取りレジに行き買って

「これがこれから絶対必要でしょ?ツーバスで日本一になるんでしょ?」

と俺に渡してくれた。

初めて自分のドラムペダルを手にした俺は更に高揚感が増していた。

このペダルはYAMAHAのベルト式のペダルでベルトが切れてもスプリングが切れても修理してプロになる直前に遂にフットボードが割れるまで使っていた。
言わば俺のツーバスドラマー人生を作り上げた相棒と言ってもいいペダル…

未だに使えなくなっても捨てる事が出来ない苦楽を共にした相棒なのだ。

温泉街の田舎から東京に来ても直美さんの美しさは褪せる事無く一際光っていた。
二人で歩いてると行き交う野郎共が皆目で彼女を追う。
俺はまるでボディーガードの野犬の様にそんな奴等を威嚇しまくった。
彼女に悟られない様にやっていたのに鋭い彼女にやはりバレた。

「そんな世の中全部敵に回した様な目やめなさい!」

とまた怒られた。

そして部屋に戻ると彼女は部屋に貼り紙をすると言って大きな紙に何かを書き始めた…
達筆な字で書かれた内容は…


愁と直美の十ヵ条

1 喧嘩をしない
2 ムカついても必ず一度飲み込む冷静さを忘れずに!
3 嘘は絶対につかない隠し事はしない
4 そして報告・連絡・相談
5 信じられる人と信じられない人の見極めは慎重に
6 裏切られても怒りよりもまず許そう
7 バイクの暴走行為禁止
8 人を殴るより物を壊すよりドラムを叩きなさい
9 限界を決めないで日々精進!練習!
10 絶対に浮気はしない


と書かれていてコーちゃんが書いた“夜露死苦哀愁”の文字が入ったジャケットと共に直美さんはドカンと部屋の壁に貼った。

「これを毎日見ないとダメだからね!」

「うん!解った!」

と圧倒的な彼女の凄味に俺は子供の様に頷いた。

そして直美さんは少しウキウキしたような口調になり

「で?どうするの?何処かバンドに入るの?メンバー探すの?」

ん…?

あぁっ!!

そうだった…!!

俺は今からドラマーを目指すのだが全くの一人じゃないか!?
バンドが無いとドラム叩けないじゃないか!!

一番基本な事をすっかり忘れてた…

俺の正式なドラム人生が本当にゼロから始まった瞬間だった…