HISTORY
『 酒井 愁 - HISTORY 』

「ドラマー覚醒編・"棘の入口"」


〜第二章〜



一週間が経ち直美さんが帰ってしまう日になった。

毎日電話する事と毎週末には彼女が泊まりに来てくれる事もあり少しは淋しさは解消されたが…
送りの時にはまるで一生会えないみたいなぐらい俺達は盛り上がった…

そして直美さんは帰っていった…

暫らく虚無感と孤独感に襲われたが先ずはバイトを探そうと思い求人誌に目を通す。
とにかくバイト以外は全部狂ったようにドラムの練習に費やそうと思っていた。
バンドに入るにしてもメンバーを探すにしてもまずはテメェのドラムの腕を磨かないと始まらないと結論づけた。
わりとすぐ近くに練習スタジオを発見したのだ!

暫らく面接で苦戦したりしたがちょいと距離はあるが製作所のバイトが決まった。

電話で直美さんに謙譲語の使い方を教わり面接の練習をしたりしたのが効果的だった。

部屋に貼られた十ヵ条を見ていつも自分に自己催眠をかけていた。

「怒らない…怒らない…」

…と(笑)

ゴム製品の様々なパーツを製作する会社で機械の前でボーッと立ち
ゴムプレートを機械の金型に入れ暫らくブザーが鳴るまで待ち
ブザーが鳴ったら出来た製品を出して流してまたゴムプレートを入れる仕事…

これを俺は“猿の実験”と呼んでいた。
昔見たテレビで猿がこんな事をやらされてた気がしたのだ。

しかし機械の前は物凄く暑い!!
当然の如くゴムを熱で加工するのだから匂いも熱も半端無かった。

仕事が終わると俺はスタジオへ行きドラムの練習をした。
ツーバスの連打も少しずつ修得出来てきていた。

食生活は一気に板前時代に比べ不摂生になっていたのは否めなかった。
板前時代は放っておいても食い物に困る事は無かったし、わりと栄養価の高い物を食してたからな。
しかし板前をやっていたのにもかかわらず一人になると自炊は一切やる気が起こらないから不思議…
よって毎週末に直美さんが作ってくれる手料理だけが俺の唯一のライフラインだったと言っても過言では無かった。

バイトの初日から高校中退で明らかに不良の俺に必要以上に突っ掛かってくる二十代前半の社員が居た。
何故か良く解らないがずっと上から目線で過剰な命令形。
コーちゃんやアキラくん達と違い完全に悪意と粘着性を感じた。
板前以前なら必ず瞬殺していたに違いないコイツはそれ以外は害の無いこの職場において俺にとってのストレスになりつつあった。

休憩時間に外に行き何かを破壊する衝動に駆られたりしたが十ヵ条を何度も念仏の様に唱えて収めた。

そんな激しく我慢する俺に対して危害を加えて来ないのをいい事にそいつは時にはゴムプレートを俺にブン投げて来て

「モタモタすんなよ!日が暮れちまうぞ!!クズ野郎!!」

と尚も過剰に俺を挑発してくる。
毎日何かと絡んできやがる。
奥歯から血が滲む程の我慢の日々を過ごしていた。
何度も直美さんに

「何か辛い事とかあるんじゃないの?貴方は解りやすい人だから!」

と見透かされたが

「全然平気!」

と誤魔化していた。

一ヶ月半くらい経ったそんなある日…

週末直美さんがいつもの様に来て月曜の昼の弁当を作ってくれた。
俺がそれを昼休憩で食っていると

「オイ!ママが弁当持たせてくれたのか!?」

と茶化してきやがった。

「いえ…彼女が作って持たせてくれたんです」

と言うと

「生意気に彼女かよ!?高校中退のオマエの女なんてどうしようもねぇヤリマンの女だろが!?そんな売女が作った弁当なんか持って来てんじゃねぇよ!!」

と言って弁当をはたき飛ばしやがった。
更に…

「どうせヤリマンなんだろうから誰にでも股開いてんだろ!?今度俺にもヤらせろや!」

とトドメを刺される。

完全に…

完全にブチギレた…!

限界だった…!

俺の事はいい…!
何故この糞野郎に直美さんの事をここまで侮辱されなきゃならんのか!?

もう止まらなかった…

顔面を思いっ切り殴り倒して馬乗りになり何度も殴った…

「テメェ!もういっぺん言ってみろよ!!」

胸ぐらを掴み起き上がらせると既にグッタリとしてて力無い声で

「す、すいませんでした…」

と聞こえたが許される訳がねぇ!

更に殴ろうとする俺の目に飛ばされ地面に転がった弁当箱が映る…
直美さんの顔と十ヵ条が一気に頭に浮かび冷静を取り戻した俺はそのまま弁当箱と中身を返り血で染まった手で拾い製作所を去った…

勿論クビ…

虚しさの中俺は帰り道の途中の公園で一度地面に落ちた事等構う事なく弁当を食った…
“高校中退のクズ”
家出をする時に親父に言われた言葉を思い出していた…
そんな俺のせいで直美さんまで侮辱された事が悔しかった…申し訳なかった…
彼女が作ってくれた弁当を捨ててたまるかと完食した…

かける前に物凄く悩んだが彼女に嘘はつきたくなかった…
思い切って電話して俺は言った。

「報告・連絡・相談があるのですが…」

俺は全部彼女に報告した…

拳を封印した筈なのにまた拳を使い人を傷つけた事…
十カ条を破った事全てを…
すると彼女は…

「よく我慢してたね…愁…エライよ…」

と予想外の答えに俺は驚いて次の瞬間無意識に涙が出た…!

「私はね…何も貴方に牙も誇りも捨てろなんて言ってないのよ…勿論暴力はダメよ…でもそこまでされて何もしない男は女としては嫌だなって複雑な想いがあるの…なんか矛盾してるね私…ごめんなさい…」

俺は怒られる嫌われると覚悟していたから尚もビックリしていた…

「怪我は無いの?」

「うん…無いよ…」

と俺が言うと

「でももう喧嘩はしないでね…貴方を縛り付ける気は無いのよ…でもドラム…叩けなくなったら嫌でしょ?これからは貴方が正義と感じる事があるならそれを私に言って欲しい…それを貫いてほしいから一緒に考えたいの…我慢してる事があったり耐えられない事があったら私に全部言って欲しい…拳以外で回避解決出来る事がもしかしたらあるかもしれない…私はそれをいつでも貴方と考えていきたいのよ…私は貴方のそういう存在でありたいから…そしてこれだけは忘れないで…貴方のその手で何を生み出すべきかを…」

滅茶苦茶彼女に会いたくなって泣けた…

誰にクズ呼ばわりされても構わない…
自分の事を理解してくれる人が一人でもこの世に存在してくれてる事が幸せだった…

そして…
製作所をクビになった俺は最も似つかわしくない喫茶店のウェイターをやる事となるのだ…