『 酒井 愁 - HISTORY 』
「ドラマー覚醒編・"棘の入口"」
〜第三章〜
製作所をクビになったのが給料を貰った直後で不幸中の幸いだった!
日割り計算の未払金は意地もあってか取りに行く事は無かった。
違った…そんなもん貰える義理等俺には無かった!
とにかく次のバイト先を見つけないとだっ!
気持ちを一気に切り替えた。
求人誌を目にするとやけに時給も良くて時間もシフトも融通のききそうなバイトを見つける。
喫茶店のウェイターだ!
しかし最も似つかわしくない職種である。
ボケッとしてても仕方ないし下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる感覚でダメ元で電話して面接受けたら通ってしまった!
ある意味小さな奇跡!
喫茶店と言えば直美さんじゃないか!
電話で告げると…
「えぇ!?接客業出来るの!?ムカつき危険度かなり高いわよ!?」
と驚く。
俺もそう思う(笑)
しかし彼女は…
「でも、もしかしたら愁にとっていい経験になるかもね?意外と合ってたりして!気が長くなっちゃうかもよ?」
と言ってくれた。
その彼女の言葉を信じてみようとバイト1日目に向かった!
店長の佐治さんがわりとノリが良くて
「俺も昔ちょっとワルだったからさ、君みたいな人嫌いじゃないんだよ!」
と言ってくれて安心する。
俺の他にシフトで男三人女一人居て他の店員も気の良さそうな奴等ばかりでここにはキレる要素が無さそうだ…
客以外!!!
ちょいと窮屈な正装風の制服に着替え鏡で自分の姿を見ると…ギャグだ!
コントにしか見えなかった…!
早速仕事開始なのだが流れを見て体で覚えて欲しいと、初日は様子を見ててとも言われ暫らく厨房の奥でホールを伺っていると佐治さんが…
「酒井くん!殺し屋と言うかハンターみたいな目付きになってるよ!気をつけて!」
といきなりの指摘を受ける。
しかし暫らくすると…
「酒井くん!もう接客してみちゃう?」
と言うから俺は生まれて初めての接客に向かう。
何だかんだで緊張の面持ちで話し掛ける。
相手はサラリーマン風のオヤジだ!
「いらっしゃいませ…ご注文は…」
心の中で用意していた声のトーンとは明らかに違う物凄いローボイス。
しかしなるべく巻き舌にならないように細心の注意を払い問い掛けるとオヤジは吐き捨てる様に…
「アメリカン!」
と言う。
培った条件反射は恐ろしい物で
「あぁ!?テメ何だと!?」
とついつい返してしまう。
「えっ…?」
と怯むオヤジにハッとして
「いや…アメリカンっすね。かしこまりやした!」
とすぐに軌道修正を行う。
「アメリカン一丁!」
と告げると店長に…
「酒井くん!居酒屋じゃないんだからそれダメだよ…!ワン・アメリカンで!」
おぉ!
なんかカッコイイ!!(笑)
その後も
「あ?ブランド!?」
だの
「なんだー?カフェランテン!?あ?」
等…色々細かい事はあったりしたが初日で何人か接客を体験してなんとなくだが自分なりに要領も得た気になる。
少しずつメニューも覚えていけばいいからと何か皆良い奴ばかりだぞ!?
これは意外とイケるかもしれない!?
若干時給が高い理由に近郊の会社の会議時に出前をするシステムがありそれが結構な件数や配達する物の重量もかなりある事があった。
俺的には店内でちまちまイライラ接客するよりそっちの方が気が楽だった。
一日目を終えて早速俺は電話で直美さんに報告だ!
ショックだったのはカレーが大好きな俺としてはその店のカレーがレトルトだった事!
それを告げると…
「あれ?ウチのもレトルトよ?」
嘘!?
ショック!!
「ちょっと待ってよ!?俺昼休憩の時まかない食わないで直美さんと一緒に居たくてカレー頼んでたじゃん!?俺てっきり直美さんが作ってたりすんのかなって夢見てたのに!!勝手に今日も俺は“直美カレー”を食ったぜ!と喜んでたのに!」
と俺が言うと
「お湯で温めてただけよ!」
と笑いながら言う!
でも直美さんは…
「今度ちゃんとした“直美カレー”作ってあげるから!…でも安心したわ。意外と合ってるみたいじゃない!頑張ってね!」
と言ってくれた。
基本俺は配達要員がメインで満載のコーヒーカップや皿が入った籠を二つ抱えて近郊を右往左往していた。
一日で何軒かこなしていると終盤の方はかなりの負荷となって体中が悲鳴をあげたりしたがドラマーとしての体力造りになんべ!と俺は常に前向きで辛くはなかった。
そうやって1ヶ月くらい仕事をこなしていたある日…
ウエイトレスの俺より三つ上の安奈さんが客に絡まれる。
絡まれると言うかからかわれてると言うか…
まぁお決まりのちょっかい出されてる感じ…
しつこい客で困っている様に見えた…
少しガラが悪そうで安奈さんもビビって抵抗が出来ない様子だ。
店長も他の店員も何か凍りついていやがる…
おい!店長さんよ!
アンタ昔ワルだったんじゃないんかい!?
仕方なく俺が近づく…
「お客様…」
と笑顔で近づいて胸ぐらを掴んで至近距離にて…
「消えろや…あんま調子こいてるとマジで殺すぞ…!テメェもテメェの周りの人間も全て不幸にしてやろうか!?俺も慣れない仕事でイラついてっから何すっか解らんぞ…!」
と最凶の威嚇を囁くと一目散で帰った。
店長始め店の皆から喝采を浴びる!
いいのか!?
アイツもう来ねぇぞ!?
客一人減ったのに!
次の俺の休憩時間になり奥の更衣室で煙草を吸っていると安奈さんが入ってきた。
「酒井くん…さっきは助けてくれてありがとね…」
「いやいや!問題ねぇっスよ!」
と言うと…
「カッコ良かったよ…みんなビビってたのにビシッとキメて…」
「困った時はお互い様っスよ!ガラじゃねぇっスけどね」
他愛もない会話だった。
すると…
「酒井くんって彼女居るの…?」
と聞かれ
「居ますよ。しかも婚約者!五個上の姉さん女房なんスけどね!」
と惜し気もなく言うと
「そう…」
と何故か俺の隣にビッタリくっついて座って来た…!
「酒井くんは年上が好きなの…?」
と更に密着して胸を押しつけてきたのだ…!
「い、いや違います!彼女の事が好きなんです…!」
と俺は振りはらった。
「婚約者って言ったけど…一緒に住んでるの…?」
「いや、遠距離ですけど週一では会ってますから!」
「ふ〜ん…そうなんだぁ…」
どうやらこれは厄介な事になっちまったらしい…