HISTORY
『 酒井 愁 - HISTORY 』

「ドラマー覚醒編・"棘の入口"」


〜第五章〜



とてつもなく言いづらかったが…またバイトをクビになった事を直美さんに報告する…

「でも自分がした事に対して後悔はして無いんでしょ?」

と聞かれ

「うん。無いよ!」

とキッパリ言ったら

「なら恥じる事なんて無いわ。すぐに頭を切り替えなさい!」

と背中を押された。
俺は安心して言われたように早速頭を切り替える事に努めた。

スタジオで練習しているとスタジオの店長の古屋さんが

「酒井くん!随分上手くなったね!今度一緒に合わせてみる?」

と俺を誘ってくれた。

嬉しかった!

初めてドラマーとして他の楽器と合わせる事が出来る!!
それだけで有頂天になった!
何しろ銀蝿のコピーバンドをやった事があるとはいえツッパリくんの遊びにしかすぎないレベル…
まともに音を合わせた事等無い…
と言う事は…
この時点で他の楽器と俺は合わせた事が無いといった今思えば信じられない状況だった訳だ!

ほぼ毎日の様に個人練習に来る俺にスタジオの店長の古屋さんは色々な情報を与えてくれた。
ライブハウスなる物がある事やメンバーの探し方やバンドに加入するという方法論等様々な事を俺に提供してくれたのだ。
風貌が完全なツッパリくんの俺だがほぼ毎日個人練習に来る俺に感心してくれていたらしいのである。

現場や引っ越し屋等の肉体労働や裏の仕事…例えば…
ここにはとてもじゃないが書けない仕事等はすぐに見つけたりする事は出来たがあくまでも1日の中でドラムの練習をする余力だけは必ず残す様な仕事を探していた。
危険な仕事等はしないで欲しいと直美さんにも言われていたのだ。
だから当然の如く裏の仕事には一切手を出すつもりも無かった。

しかしウダウダするのが嫌な…初めて自分でも知って驚いたがどうやら貧乏性な俺は
何日かは日雇いの現場に行っていた。
ある日の夜に現場から部屋に帰ってきたら誰かがドアをノックした…

開けてみたら喫茶店の店長の佐治さんだった。
日割り計算の残りの給料を持ってきてくれて
こんな事になってすまないとわざわざ改めて謝罪に来てくれたのだ。
そして佐治さんは…

「酒井くん、知り合いの店で厨房の人間を欲しがってるんだがやってみないか?俺の紹介なら面接もいらないから。料理経験あるって言ってたじゃない?」

「マジっスか!?お願いしますよ!」

有り難い話だった!
拘束時間も融通が効いて時給も悪くなかった!
東京に帰ってきてツルむ奴も頼る奴も居ない状況下の中、ようやく人との繋がりが生まれて来た様な気がしていた…

早速次の日から俺はその店に行った。
その店は料理系はパスタやドリア等が中心のメニューになっていたのだが実はそれはオマケで本当の主力メニューはケーキやパフェ等だった。

俺は何とその主力の喫茶物担当!

甘い物が一切苦手な俺がミルフィーユやクレープやパフェ等を作るのだ!(笑)
まさかまた包丁を握るとは思わなかった…
といってもペティナイフやバターナイフといった物だからまた趣きが違ったが…

とにかく忙しい店だ!

注文が来るのが殆んど喫茶メニューばかりだ!
まるで集中砲火を受けてるような気分になるくらい忙しかった!

ウェイターが居なくて大半が高校生や大学生の女ばかり。
店長が一人、厨房に俺を含めて野郎が三人くらいしか居ないこの職場は男にとっての桜の園に近い場所だった。
多分昔の鬼畜な俺なら喜んで全員ヤっちまっていたに違いない…

だが今は違う!
なるべく女共との関わりを持たないように俺は心掛けた。
無愛想で女にもある種威嚇をしまくる俺に皆が恐がっていたがたまに話すと盛り上がったりして「ヤベッ!」とまた関わりを断つ繰り返しだったりした。
不思議な事に引っ掛けようと躍起になってる時よりそういった方のが女にはウケが良かったりするから厄介な物だ…
直美さんが来る週末にも余りに混んでて頼まれて数時間だけ厨房に立ったりした日もあった。

そんな週末のある日ヘルプ的に厨房で仕事しているとウエイトレスの女共がざわめいてる。

「フロアに凄い綺麗な人が居るよ」

と皆が声を揃えて言うからそちらに視線向けると直美さんが来ていた。
たまには外で二人で飯でも食おうと俺が誘い、終わる時間前くらいになったら店に来てお茶でも飲んでてよと俺が誘っておいたのだ。

俺を見つけてこちらに手を振ってきた。

「まさかあの人が酒井くんの彼女!?」

と皆に聞かれて

「そうだよ」

と自信満々に言った。

「エェ〜!?」

と皆が“美女と野獣”だ!と驚いていた。
まるで授業参観に綺麗なお母さんが来て鼻高々な気分みたいで俺は妙に可笑しかった。

しかし暫らくすると俺にとっての地獄の光景が視界に広がった…

直美さんの斜め後ろにやはりこちらに手を振ってる人が居る…

安奈さんだ!!!

勿論俺は安奈さんとは何の関係も無い。
しかし何となく見たく無かったツーショットだった…!
後ろめたい事等何も無い筈なのに俺の鼓動は速くなっていた。
通常の鼓動BPMが120くらいなら200は超えていたかもしれない!

仕事を終えて着替えて直美さんの所へ行こうとすると何故か更衣室に安奈さんが入ってきた。

「私あの人と別れたんだ」

「へぇ…そうなんだ…」

しかも

「来週からこの店で働く事になったから宜しくね。」

「えっ!?マジで!?」

また厄介な事になって来た…

「じゃあ俺…ケツあるんで…」

とそそくさと更衣室を出ていき直美さんと合流する。

なるべく一刻も早く此処から立ち去りたい気分だった俺は
足早に直美さんを連れて此処から退避しようとすると安奈さんが俺達二人の前に立ちはだかった…!

「こんにちわ。貴女が噂の酒井くんの彼女さんね。私よりも先にただ出会ったってだけの」

そんな事言われてもちっとも動じない直美さんは…

「失礼ですが貴女は…?」

ド真ん中に立たされた俺が…

「前の店で世話になった安奈さんです…」

と言うと更に凛として直美さんは…

「あぁ…貴女が安奈さん…。話は伺ってます。ウチの人が大変お世話になったそうで…」


正に悪夢の瞬間であった…

これから何かが起こる嫌な予感がしてならなかった…