HISTORY
『 酒井 愁 - HISTORY 』

「ドラマー覚醒編・"棘の入口"」


〜第六章〜



恐怖の対峙の後、俺は情けない事に直美さんの機嫌をずっと伺っていた。

楽しい筈の二人での外食なのに安奈さんの宣戦布告とも言える行動により食事の味が全く解らないくらい俺は狼狽えていたのだ。
彼女は暫らく何かを考えるかのように黙っていたのだが…

その沈黙が更に俺を焦らせた…
何も後ろめたい事無いのにだっ!

すると直美さんは静かに独り言のように口を開く…

「彼女…多分これから貴方に凄くせまってくるわね…」

何故かギョッとした俺は

「お、俺は絶対相手になんてしないから!直美さん以外に興味なんか無いから!大丈夫だから!」

と露骨に動揺しながら言うと…

「いや…違うの。そんな事は心配してないわ。愁を信じてるから…それより…彼女を余り過剰に突き放したりしたらダメよ。いい?くれぐれも過剰に冷たくしたりしたらダメだからね」

これまた予想外な言葉が出てきて俺はキョトンとする。

「後、どんなに私に言いにくい事されても彼女の言動行動を必ず逐一報告してね!いい!?解った!?」

「は、はい…!」

何が何だか解らなかったがとにかく力一杯返事した俺だった…

本当に次の週から安奈さんは店で働き始めた。
仕事中はとにかく店が混んでて喫茶メニューは物凄いサイクルで廻る為もあり接点は無かったが
休憩時間や仕事をあがる時には安奈さんは俺にビッタリとくっついてきた。
周りのバイト達に誤解をされるくらい…
いつの間にか店の中で俺の“二股説”まで囁かれる様にもなっていたくらいだ。

「直美さんって言ったけ?彼女さんの名前。綺麗な人よね〜」

「はぁ…」

「でもあの人は愁に似合わない。今日愁の家行ってもいい?」

話の脈絡ゼロですが!?
いつの間にか名前呼び捨てですが!?

「いやダメっスよ!」

こんな事の繰り返しだった。
しかも何故か

「愁は本当は私の事好きなのに自分を誤魔化してるの」

とも言うのだ。
次第にこんな事を言うのが日に日にエスカレートしていった…

「愁と運命で繋がってるのに直美が邪魔してる」

「自分に素直になれない愁が可哀想だ」

そういった事を全て直美さんに報告すると

「断定出来ないけど…もしかしたらそろそろ大きな動きがあるかもしれないわね…慎重にね…」

と言う。
サッパリ解らん俺は力一杯元気一杯に返事だけはしていた。

そしてある夜…

夜中にドアをノックする音がする。
無用心にも開けてみると安奈さんが立っていた。

「な、何?どうしたの!?」

「愁が決断出来ないみたいだから私から来てあげたのよ!魔女がかけた魔力を取り除きに来たのよ!」

と言う。
言ってる事がサッパリ解らん俺は帰ってくれと言おうとしたが直美さんが言った事を思い出しその言葉を飲み込んだ。

部屋まで強引に入ってきた安奈さんはいきなり服を脱ぎだし

「いいのよヤっても。愁も欲しいでしょ?直美がかけた悪い魔力を取り除いてあげるから。私の方が愁を気持ち良くさせてあげられるに決まってるんだから!」

と殆んど全裸になって言った。
とにかく言ってる事が全部おかしい。

「いや!マジでねぇから!しねぇから!ありえんから!服着てくださいよ!」

と言うと

「まだそんな事言ってるの?愁は私の事が本当は好きなんだよ。直美に騙されてるのよ。まだ解らないなんて可哀想な愁…」

明らかに様子が変なのは伺えた…
言葉を選んで俺は反論する。

「いや…安奈さんも魅力的だしそりゃ俺も男だしヤりたくないって言ったら嘘になるかもしれないけど…俺が愛してるのは申し訳ないけど安奈さんじゃないんだよ。ヤったらお互い虚しくなるだけだって!」

すると…

「だからまだ直美に騙されてるのが解んないの!?愁が愛してるのは私なんだって!!ヤるのが自然なんだって!いい加減素直になりなさいよ!!大体この貼り紙何よ!?馬鹿じゃないの!?こんなんで愁を縛りつけてるつもりでいるなんて笑っちゃうわ!これがあの悪女の手口なのね!こんなもん破り捨ててやる!」

カチンとキてしまった…
触れてはいけない所に触れられてしまった…
完全に俺のスイッチが入ってしまったのだ…

「ふざけんな!アンタなんかにこの十ヶ条を笑われてたまるか!直美さんが…直美さんがこの俺にどれだけの事を教えてくれて、与えてきてくれたのかなんてアンタになんかに解ってたまるか!これ以上彼女の事を悪く言うと俺は許さんぞ!!女でも構わねぇ!殴り倒すぞ!俺達二人の事を邪魔出来る奴なんて誰もいねぇんだよ!帰れよ!!とっとと帰りやがれ!!」

つい感情的になっちまった…
烈火の如く怒鳴りつけてしまった。

泣きながら服を着て安奈さんは最後に声を荒げてヒステリックに言った…

「アンタ!私の事助けてくれたじゃない!!私の事好きだから助けてくれたんでしょ!?愛してるから助けてくれたんでしょ!?この嘘つき!!!」

そう言って出て行った…

一気に体中を疲労感が駆け巡った。

今迄もおかしいと感じる事は多々あったが一人になって今日のは余りにも普通じゃない事にようやく自覚した俺だった。

直美さんの言葉も思い出し言いようの無い胸騒ぎがした俺は夜になるのを待たずに朝から電話して直美さんに昨夜の事を克明に話した。

「あれほど慎重にって言ったじゃない!これからそっちに行くから!」

と緊迫感が一気に走った。
俺は店を休んで直美さんと合流すると

「彼女の家は?」

「えっ?知らない…」

「調べなさい!」

「あっ、はい!」

と前の店の店長の佐治さんに電話して住所を教えてもらう。
住所を頼りに安奈さんの家に二人で向かう。

安奈さんの家の前に辿り着きドアをノックする。
しかし応答が無い…
おもむろにドアノブをひねると鍵が開いていた…!

部屋の中に入ると奥で安奈さんがグッタリと倒れていた…
薬品の瓶が無造作に転がっていた…
しかも左手首から鮮血が流れている…!

「マ、マジかよ…」

俺が声を漏らすと…

「救急車呼んで!!早く!!!」

ハンカチで安奈さんの手首を絞め応急措置をする直美さんの声でハッとした俺はダッシュで電話をかけに公衆電話に向かっていた…