HISTORY
『 酒井 愁 - HISTORY 』

「ドラマー覚醒編・"棘の入口"」


〜第八章〜



あの一件以来、安奈さんは物凄く直美さんを慕うようになっていた。

直美さんが来る週末には何故か家に来るようにもなっていたのだ。
願わくば二人きりで過ごしたい俺は…

「ちょっと!何で居るんだよ!」

と言っても

「うっさいわね!アンタ!私は姉さんと話してるんだから!アンタ何処かブラついて来なさいよ!」

とヒデェ扱いだ!(笑)

いつの間にか二人は“安奈”と“姉さん”と呼び合うくらい溶け込んでいた。
しかし安奈さんは俺には

「愁!アンタは呼び捨てで呼んだら許さん!」

とこれまたヒデェ扱いだ!(笑)
しかも…

「アンタ姉さんの事裏切ったら殺す」

とか

「姉さん幸せにしなかったら死ね」

だの言ってきやがる。
ついこないだまで“直美に騙されてる”だのなんだの言ってたクセに…(笑)
店でも安奈さんは他の女が俺に寄って来ない様に目を光らせてた。
まるで監視をされてる様な感覚で刺客を送り込まれてるみたいな感じでもあった。
しかしそれは俺にとってみれば望ましい事でもあったから気にはならなかった。

でも凄く明るくなったし前向きにもなってくれてたから俺も直美さんも安心したし嬉しくもあった。

直美さんの聞く音楽の範囲は実は広くてメタルだけでは無かった。

いわゆるロックレジェンドと今では言われるツェッペリンやパープルやクィーン やクラプトン等は勿論の事
ポリスやXTC、U2やスミスやキュアーやバウハウス等も聞きエルビス・コステロやローズ・オブ・ニューチャーチそしてラッシュやUKと言った物も聞く多彩ぶりだったのだ。
たまたま俺と出会った時がメタルのモードと言った所だった様だ。

勿論当時の俺の一番のお気に入りは攻撃的な喧嘩音楽のメタルだったが同時に色んなスタイルの音を聞かせて貰い俺はかなりの影響を受けた。
やはり彼女は俺の音楽の先生であるからして…

俺はその後メタルバンドをやっていてもプロデューサーやエンジニアに

「君のドラムはラウドでワイルドでファストだが何処か本物のメタルではない…!」

と言われる事が多々あるのだがこの時期からメタル一辺倒ばかり聞いていなかった事が少なくとも影響を及ぼしていたのかもしれないな…

スタジオの店長の古屋さんと人生初のセッションをした。
そのセッションに合わせて俺は自分で初めてドラム関係の物を買った。
それはドラム椅子だった。
スタジオのドラム椅子がどれもグラグラして安定しないから買ったのだ。
これが厄介な事に全然低くならない椅子で最初は変な感じがしたがすぐにそれに慣れてしまった…
現在でも椅子が高くセッティングが高い要因がここにあるのだ。

古屋さんはギターで古屋さんのダチのベーシストが来て初めてバンドスタイルで音を出して俺は嬉しさで身震いした。

その初のセッションに直美さんをスタジオに招いた。

必殺のツェッペリンやパープルといった王道ナンバーをプレイしたのだがその俺の上達ぶりに直美さんは泣いていた…。
俺も叩いててそんな彼女を見て泣きそうになった…。

セッション後に皆で飲みに行くと古屋さんは直美さんの事を

「裕次郎の嫁さんみたいな存在だな」

と言った。
意味がサッパリ解らん俺が問うと…

「嵐を呼ぶ男って映画があってその映画で裕次郎がドラマー役でね。裕次郎の嫁さんが恋人の美人敏腕マネージャー役でさ、その人が暴れん坊の裕次郎をドラマーとして育てていくんだよ。二人を見てると何かその映画と被って見えるんだよなぁ。」

と言っていた。

何かその通り過ぎて俺達二人は顔を見合わせて笑った。

嵐を呼ぶ男と言う映画は知っていた。
近藤真彦版しか知らなかったからやけに新鮮だった。

マッチ版の映画はマネージャー役は坂口良子だった。
そちらもそう言えば年上の恋人の美人敏腕マネージャーがドラマーとして育てていくストーリーだったな…と思い出す。
その映画でマッチが使ってたドラムセットがツーバスだった事も同時に思い出していた。

スタジオで様々なドラマーのビデオを見せて貰い
動くトミーリーを見てその見せるドラミングに衝撃を受けたり
ミッシング・パーソンズでのテリーボジオに憧れたり、コージーパウエルのクラッシックと合わせるドラムソロに身震いしたりした。
そして俺は特に異常なまでにディープパープルのドラマーのイアン・ペイスにハマッた。

そのストロークの速さや手数の多さやキレの良いフレージングやモタり知らずの前ノリのドラミングに心奪われた。
ライブアルバムのドラムソロを懸命に耳コピしたりした。

コージーパウエルの大口径セット志向に
トミーリーのオーディエンスを飽きさせないドラムスター要素に
デリーボジオの多点セットテクニカル志向に
スチュワートコープランドの芸術的なハイハットワークに
そしてイアンペイスのスピードに多大なる影響を受けて俺は自分の自分だけのドラムスタイルを模索した。

俺がこの時から心に強く思っていたのは“モタリは死と同等”と言う事だった。
モタるくらいなら死んだ方がマシと思っていた。
しかしスローテンポ等ではモタってもいいから一打一打に魂を込めたいと思っていたのだ。
要するにジキルとハイド…
両極端なのだ(笑)

それは今でも変わらないな…

古屋さんは俺に

「日本でも結構ハードなバンドが居るんだよ」

といわゆるジャパメタと呼ばれるバンドを俺に教えてくれた。
ラウドネスや44マグナム、アースシェイカーと言ったバンドだ。
既にジャパメタのムーブメントは去りつつあった頃であったが古屋さんは俺に掘り下げて色々なバンドを教えてくれた。

メタルをベーシックに過剰なハイトーンで日本語が乗ってるその音楽は最初俺にはどうしても演歌や歌謡曲を無理矢理メタルにしてるような感じで馴染めなくて毛嫌いしたりしたが
その中で44マグナムだけは気になったりした。
硬質なメタルと言うよりロックンロールがベースになってた44マグナムの音楽性は俺には“超ハードな横浜銀蝿”的に聞こえたのかもしれない。

日本人なのに金髪で逆毛を立てたライオンのたてがみの様な風貌にも世捨て人的な男気を感じたりしたのだ。

「愁は色白だからもしかしたら金髪が凄い似合うかもよ?」

と笑いながら直美さんは言ったが金髪よりも長髪に抵抗があった俺だった。
中坊の時に街で長髪の奴を“イラつく”って理由から狩った事もあった俺だった…
しかしどのビデオを見ても凄いドラマーは長髪だった。
思い込みが激しい俺は

「もしかしたら長髪にしなきゃプロにはなれないんじゃねぇか!?」

等とも思い始めていた(笑)
リーゼントに物凄いこだわりと美学を抱いていた俺にとってこの上ない難題が降り掛かってきた感覚にすらなったものだ。

「アンタが金髪のライオンみたいな頭になったら外人の名前とかで呼ばなきゃいけないの!?ねぇ!?」

と安奈さんが言う。

だから!
何でアンタが俺の家に居るんだよ!
帰れ!(笑)

44マグナムからはツーバスの連打だけではないコンビネーションの使い方を耳コピで懸命に手順足順等を解析してパクったりして何故かそのフレーズを更に劇的に速く狂ったように練習したりした。

少しずつだがドラマーとしての確立をしつつあった俺だった…

やがて直美さんの22歳の誕生日がやってきた。
俺は板前時代に培った料理のレパートリーをここぞと初めて彼女に振る舞った。
そして婚約指輪のつもりだがこんな安っぽいので申し訳ないと言いながら安いペアリングを彼女に贈った。
本当に安い物で結婚指輪はちゃんとした物を贈るからと言葉を添えて渡したのだが彼女は泣いて喜んでくれた…。

「ったく…本当に安っぽいわね!ちゃんと男の誠意見せなさいよ!」

と安奈さんは言った…

つーかうるせぇ!
何でこんな大事な時にも居るんだ!
マジ帰れ!(笑)

そんなようやく東京に戻ってきて全てが安定し始めた頃だったと思う…

俺は再びあの温泉街に向かっていた。

山土井が単車で事故って入院したと言うのだ…