HISTORY
『 酒井 愁 - HISTORY 』

「ドラマー覚醒編・"棘の入口"」


〜第十章〜



夜にコーちゃんや本田と合流した。
本田とも久々の再会だった。

「坊…悪かったな汚れ役やらしちまって…カミさんも本当に面目ない…」

「いや、いいんだけど…アイツ解ってたみてぇだ…とはいえ改めて現実を突き付けられてかなりのショックは受けたみてぇだけど…当然か…」

俺は病室での事をコーちゃんに話した…

「そうか…俺も明日顔出してみるわ。ところでオマエ今日どうするんだ?もう帰れねぇだろ?けん坊の寮泊まるか?俺の所来るか?」

コーちゃんが言うと直美さんが…

「あっ、今日は彼はウチに来てもらいますから平気ですよ」

そうか…

エェ〜!?

そこに居た全員がエェ〜!?と驚いた。
直美さんは不思議そうな顔して

「あれ?そんなに驚く事?あれ?」

と言っていたが御両親いらっしゃいますよね!?
俺よりも何故か焦りだしたコーちゃんは

「坊!オマエ七三に分けて行け!そんなんじゃ門前払い食らうぞ!駄目だぁ!オマエ何でそんな今日品がねぇんだよ!馬鹿!この馬鹿野郎!」

しかしもうどうしようもないので腹を括るしかない…
コーちゃんと本田と別れて直美さんの家に行く時にコーちゃんがデカイ声で

「二人とも今日は我慢しろよ!駄目だぞ!今日は今夜は遺憾ぞ!」

そして本田もデカイ声で

「今日ぐらい我慢しても減るもんじゃないから!」

と言ったら直美さんが

「コーちゃんサイテー!本田くんもサイテー!早く帰りなさい!バカー!」

と言い放っていた。
そのやりとりを見て笑ってはいたが…

しかし…

しかしだ!
俺はもうそれどころでは無かった…

何しろあの東京に帰る前に挨拶行ったっきりだ…
またもや激しい緊張による呼吸困難に陥りそうだった…!
家に着いた…
お母様が迎え入れてくれた…

「あら、顔つき随分変わったじゃない!?たくましくなったわね!」

「あっ!ありがとうございます!」

と緊張の余り声が裏返ってしまう俺…
中に通されリビングに座ると直美さんが突然…

「お知らせがあります」

と言う…
直美さんの実家に居ると言うプレッシャーもあり何が何だか解らん俺はそれだけでオロオロする。

「私来月から東京に行きます。愁と一緒に暮らしちゃいます!」

エェ〜!?
先程に続くエェ〜!?
そして嬉しすぎて泣いちゃったよ俺…
今日一日でどんだけ泣くんだ俺…
するとお父様が奥から出てきた。

「男が泣くんじゃない!直美は毎週行ってるんだから今も一緒に住んでるのとあまり変わらないだろ?君はなかなかどうして根性あるみたいじゃないか…仕事も一度も間隔を空ける事なく真面目にやってるそうだし夢に向かう姿勢もそのナリとは似つかわしくないくらいに取り組んでるみたいじゃないか。まぁ…正直言うと直美がここまで毎週行くとは思って無かった…本当に君が心配で君を好きな様だ…毎週行ったり来たりするくらいならもう行って来いってのが本音だがね。私の根気負けだよ…でも同棲を許しても君が一人前になるまでは籍は入れさせないぞ!いいかい?そして解ってるね?決して順番は間違えるんじゃないぞ?」

「はいっ!ありがとうございます!重々解ってるつもりです!死ぬ気で頑張ります!」

「しかし泣く程嬉しいとは君も風貌とはギャップのある男だな!」

と初めてお父様の笑顔を見た気がする…!

直美さんと出会ってまだ一年も経ってなかった頃だった。
出会った頃は憧れのあの人…高嶺の花のあの人と同棲が決まるなんて思っていなかった…
信じじられないくらいの幸せな気分だったが山土井の事を思うとどうしても手放しで喜ぶ事が出来なかった…
それは直美さんも同様で俺達は奴の動向が気になってしょうがなかった…
現実を突き付けられた山土井の今後が…

その日俺は直美さんの実家に泊めて貰い別々の部屋で寝た。

次の日俺が東京に帰る前に二人で山土井に会いに行った。
もしかしたら会ってはもらえないかもしれない…
荒れているかもしれない…
いずれにせよ無理もない事だ…
どんな状況になってもこっちが狼狽える事などないようにと俺達は身構えていた…
病室に訪ねる時に少し躊躇してしまいドアの前で何を話したらいいかを整理していたら…

「何やってんだ!?オマエ!早く入って来いよ!」

と逆に声掛けられビックリする…!

「広瀬さんがさっき来てくれたんだけどさお見舞いにケーキ持って来てくれたんだよ…ありがたいんだけどよ俺、味解んないっつーの!あの隙の無さそうな人もこんなヌケた事するんだな!おかしくね!?おかしいよな!?これ二人で食っちゃってくれよ。」

昨日の今日だ…
自暴自棄になっているのか…?
そのやけに明るい姿に痛々しさを感じた俺は…

「オイ…!無理に明るく振る舞わなくていい!俺の前では無理しなくていいんだからよ…!」

と言うと

「バーカ!誤解すんなよ!俺はオメェと姉さん見習ってんだよ!」

更に山土井は続けた…

「アンタ達二人の頭の切り替えや新しい事への挑戦意欲って前から俺はスゲェなと思っててよ…!姉さんなんてお嬢でこんな馬鹿とくっついたりしなけりゃもっと楽に人生生きれる筈なのにさ!オメェもオメェでなりたいと思ってもすぐになれるような物目指してねぇ訳じゃん!?それを姉さん巻き込んで姉さんもコイツの可能性無条件で信じて支えて行く訳じゃん!?アンタ達スゲェなって…!俺は実は前から思ってたんだよ。だから俺もアンタ達みてぇにこれから新しい人生…生きていけんのかな?ってよ…悲観してたってよ…その費やした時間によって身体が元に戻る訳でもねぇしな…だから…悲観する時間があるんだったら前を向こうと思ってな…もしかしたら板前以外の道も俺にはあるのかもしれねぇってよ…そう今は思えるんだよ…」

強がりかもしれん…
だとしても正直…俺はこの時コイツが世界で一番スゲェ奴だと思っていた…

山土井は更に…

「直美姉さん…俺をコイツだと思って…コイツがもうドラム叩けなくなっちまった…夢を諦めなくちゃならなくなったと思って俺に何か言ってくれませんか…?」

直美さんは涙を流しながら…

「貴方には限りない可能性がまだ必ずあるから…少しずつ貴方がやりたい事やれる事を探していけばいい…きっと見つかるわ…貴方にしか出来ない事が…たとえ…たとえどんな小さな事でも貴方の力を求める人が一人でも居るなら…その道は間違いじゃないわ…私はそれをいつでも見てるから…」

と言った…
山土井は…

「ありがとうございます…!今ので俺、頑張って頭切り替えて生きていけますよ。酒井…あんがとな。」

オメェ…カッコイイよ…!
カッコ良すぎだせ…!

カッコ良すぎて泣けた…

俺達が…俺が頭をすぐに切り替える事の出来る奴だと山土井は言った…。
正直俺が夢を奪われたらどうだろう…
夢はある種呪いと一緒だ。
一度取り憑かれちまったら二度と離れない…挫折した瞬間に呪いとなって己を襲う…
俺はその呪いに勝てるだろうか…?
勝てる自信は無かった…
これからそれらが奴を襲う事になるだろうが山土井なら…きっとコイツなら勝てると俺は思っていた…

改めて自分のマブダチに誇りと尊敬の念を抱いた…

そして後から聞く事になる…

退院と共に山土井がこの温泉街から去った事を…