『 酒井 愁 - HISTORY 』
「ドラマー覚醒編・"棘の入口"」
〜第十一章〜
東京に一人で帰って来た俺は荷物を纏め始めていた。
来月から直美さんと暮らせる…
それだけで俺は有頂天だ!
直美さんと同棲を始めるのに二人で暮らしていくにはちょいと不便なここを引き払い、風呂有りの所に引っ越す事になったのだ。
しかし馴染みの個人練習に通ってる古屋さんのスタジオから離れたくはなかったから本当にすぐ近くのアパートより少しグレードの上がったコーポみたいな所に場所を移す事になった。
引っ越しとはいえ徒歩で行える距離である。
安奈さんも喜んでいた。
「直美姉さんと二人でガッツリ飲める〜!語れる〜!そん時はアンタどっかに消えてなよ!」
マジヒデェ扱いだ!(笑)
ある夜仕事を終えて店から帰る時に単車の直結を必死に行なってる奴を目にする。
中坊だろうか?
その慣れない手つきに苛立ちを感じたが関係ねぇやと立ち去ろうとする。
すると持ち主が現れて口論になるもそいつはいきなりその持ち主をボコりだし足早に逃げた。
別に正義感なんて物は微塵も無かったが何かが引っ掛かった…
自分でもよく解らんまま俺はそいつの後を追った。
追い詰めるとそいつは…
「何だ!?テメェ!何か文句あんのか!?」
とキャンキャン吠えだす。
俺は…
「よくテメェでも解んねぇんだがよ…つーかあんなダセェ事やってんなや?オメェ中坊か?」
と言うと…
「うるせぇ!」
といきなり殴り掛かってきやがった。
中坊にしては喧嘩慣れしてるんだろうが俺にはその動きはノロマな亀にしか見えなかった。
手を出すつもりはなかったが条件反射で一発顔面に入れてしまった。
すると奴は…
「テメェ!ブッ殺してやる!」
とナイフを出して突きつけてきやがった。
喧嘩にはルールが無い…
勝てばいいのだ…
どんな卑怯な手を使っても…
それが俺の喧嘩哲学であった…
俺も今では目を覆いたくなるくらいの卑怯な手を散々繰り出し喧嘩に勝ってきた男だ。
しかし俺はナイフで威嚇したり刺したりなんて事はしてこなかった。
どんな卑怯な手を使っても最終的には打撃で相手を打ちのめし恐怖を植え付けてきたのだ…。
しかし…
その時に俺は気がついたのだ…!
コイツは昔の俺にそっくりだと…!
ナイフを突きつけて来る奴に人を本当に刺す度胸は大抵無い。
本当に刺す奴はナイフを所持してる事を悟られる前に無言で刺してくるのだ。
拳で語り合わないコイツにイライラしてきて突き立てるナイフを蹴りで叩き落としまた顔面を殴った。
倒れたこの馬鹿に馬乗りになり体を羽交い締めにして動けない様にすると…
「なんだよ!マッポに差し出すのか!?」
とまだ吠える。
俺は…
「いや…そんな気サラサラねぇよ。オメェ…んな事ばっかしてっと命幾つあっても足らんぞ?」
と言うと
「俺は負ける訳にはいかねぇんだよ!負けるくらいなら死んだ方がマシだ!殺せよ!」
と何処までも昔の俺にそっくりだ…恥ずかしくなるくらい…
「アホか…オメェが死ぬのは勝手だ…俺の見えない所で勝手に死ねよ。ただしこの時点でオメェの完全な負けだ。その現実は受け止めやがれ」
と言ったら奴から全身の力が抜けた。
俺は昔の自分にそっくりなコイツを見てコーちゃんが俺の事をやはり昔の自分にそっくりだと言ってたって事を思い出していた。
ナイフを没収して、帰る途中で捨てた。
そしてハッと思い出す!
また十ヶ条を破った事を!
電話で直美さんに報告するとナイフ等のキーワードから烈火の如く怒られる。
「馬鹿!刺されたらどうすんの!!追って捕まえもしないで更にそんな事にまでなって何で逃げないの!?何がしたかったわけ!?」
俺はひたすら平謝った…
そして昔の自分にそっくりで何となく放っておけ無かった事を言うと…
直美さんは少し理解してくれたのか
「そう…でもね…貴方はもうその昔の貴方じゃないのよ…?解ってる?その子復讐とかしに来たりしないかしら…?大丈夫?一応気をつけなさいよ?」
と言って怒りを収めてくれた…
それから十日くらい経った頃だろうか…?
仕事を終えて店から家に帰ろうとした時に喧嘩に遭遇する…。
喧嘩と言うか一方的に二人に一人がやられてる様だ。
チラッと見るとやられてるのはアイツだった!
あの中坊…!
俺の事を見つけた様だ…!
「オイッ!アンタ!そこで見てんのかよ!?」
と言うから…
「あぁ!?俺は通行人だぞ!?オメェの事なんて知らねぇぞ?」
と言うとボコッてる奴等が
「テメェ!コイツの仲間か!?」
と吠えまくるから
「あぁ!?知らねぇよそんな奴!お好きにどうぞ!」
と言うと
「なら消えろや!」
と言われ
「はいはい、さいなら」
と言って消えようとするとその中坊は…
「見捨てんのかよ!?それでも男かよ!?腐れ外道!!」
と叫ぶから
「なーんも聞こえねぇ…!」
と言うと…
「アンタならこんな奴等に負けねぇだろ!?逃げんのかよ!ヘタレ野郎!」
と口が減らない。
それでも立ち去ろうとすると…
「助けてください…」
と声を漏らす。
「あぁ?聞こえねぇよ?何だって!?」
と更に俺が言うと
「助けてください!お願いします!!」
と泣きながら叫んだ。
「あいよ…!糞坊主…!」
と言って俺はその二人を激しく殴り倒した。
やがて奴等が逃げるとそいつは目を伏せながら小声で…
「ありがとう…」
と言ったが俺は
「あぁ?何て?聞こえねぇよ!?」
と言うと大声で
「ありがとうございました!!」
と言った…
何処までも昔の俺にそっくりなコイツが一瞬微笑ましくて笑ってしまった。
そして俺は…
「糞坊主…世の中には上には上が居るんだ。身の程を悟れや。テメェもそれを肝に命じてこれからは生きろや。せいぜいテメェの身をこれからは大事に思う事だ」
とまるで気分はコーちゃんになったつもりで俺は言った。
そんな自分がまた可笑しくてしようがなかった。
帰ろうとして振り向くと直美さんと安奈さんが走ってやってきた。
今日は週末…直美さんが来てる日であった。
俺の喧嘩を安奈さんが発見して直美さんにチクったのだ。
その図式が一気に読めた。報告では無い…もはや殆んど現行犯に近い状態だ…
ロックオン状態の俺は金縛りにあったように動けずにいた…
直美さんは静かに俺に近づいて来て…
「愁…そこに座りなさい!」
どう見ても怒ってる様子の直美さんの凄味に俺はその場に正座した…
「愁…貴方…今ここで何してたの…?」
「えっと…えっとですね…」
と俺は言葉を詰まらせた…すると…
「すんません!奥さんでしょうか!?奥さんすんません!兄貴は俺を助けてくれたんです!悪いのは全部俺なんす!兄貴は全然悪くないんす!」
あ…兄貴〜!?
その瞬間直美さんも安奈さんもそして俺までもがポカーンとした…
直美さんに土下座をしながら
「奥さん!兄貴を許してやってください!償いとして俺…一生兄貴についていきますから!」
厄介な奴がまた現れた瞬間だった…
奴の名は雄二。
奴の炎の土下座により流石の直美さんの怒りもうやむやになり何となく俺は許され救われた…
雄二はその日から俺につきまとう様になった。
兄貴、兄貴とやたらうるせぇし、やはり直美さんの事は姉さんと呼びやがった。
そしていよいよ直美さんが東京にやってきて俺と直美さんの同棲生活がスタートするのだが
それを機に一気に俺のドラム人生が動き出すのだった。