HISTORY
『 酒井 愁 - HISTORY 』

「ドラマー覚醒編・"棘の入口"」


〜第十四章〜



井沢さんから早速バンドの曲が入ったテープを渡された。
俺は家に帰ると直美さんにバンドに、ライブに誘われた事を言うと…

「こんなにすぐにきっかけが生まれるなんて…」

と感極まってくれた。

そして二人でそのバンドの曲を聞いた。
メタルがベーシックになってはいたがロックンロール寄りで曲自体のクオリティ等は正直微妙な感じで二人とも聞きながら無口になったりしたが…
しかしそんなもんどうでも良かった。
とにかくライブが出来るんだ!
俺はその曲達を懸命に覚えた。

個人練習に行き古谷さんに事の成り行きを話して感謝の念を述べると

「きっかけが生まれて良かった!でもそれは小さなきっかけでしかすぎないからね!そこから何かに繋げて行くのは酒井君自身の努力と運だからね!頑張って!」

と激励してくれた。

数日後仕事が終わると俺は井沢さんとスタジオに向かった。
初リハーサルであった。
スタジオに行くとギタリストの聖氏とベーシストの佐野氏が待っていた。

「彼はドラムの酒井くん。俺と一緒のバイト先なんだけどさ。よろしくね」

皆に井沢さんが俺を紹介して俺はいつもの癖で

「ういっす!夜露死苦っス!」

と気合いを見せると二人はキョトンとしていた。

スタジオに入り曲を合わせると俺は一曲目から全開でラウドに叩きつけた。
何しろバンドで曲を演奏するって事自体が俺には嬉しくて楽しくて仕方なかった。
何曲か演奏する内に誰かが

「いいんじゃない?彼で次のライブからいこうよ」

と言った。
俺は自分のドラムを認められた気がして嬉しかった。
この“XAVIES〜ザビエス〜”なるバンドはドラムが流動的だったらしい。
ギタリストの聖氏が…

「昔エックスのヨシキくんがヘルプでスタジオで叩いてくれた事もあるんだよ。」

と言っていたがその時はその名を聞いてもピンとも来なかった。
しかし働いてる楽器屋の階段の貼り紙の所にポスターが何枚も貼ってありそのバンド名だけは何となく認識していた。
その後自分がその名の人物、バンドに関わっていくとはその時は知るわけもなかった…

今思えば失礼な話だがとにかく何でもいい!
ドラマーとしての一歩を踏み出す事が出来るのだ!
聞けば次のライブで聖氏は辞め後釜も決まっていてバンド名も改名すると言う。
こういった事情すら俺にとってみたらどうでも良かったのだ。
そしてライブに向けての定期的なリハーサルも始まり俺のバンド活動がスタートした。

雄二が山土井と初遭遇した時が傑作だった。

「酒井!この“ちびっこ酒井くん”はなんだ!?」

山土井の目にもそう映るのか…(笑)
すると雄二は…

「兄貴のマブさんですよね!よろしくお願いします!山さん!」

と言ったら山土井は

「テメェ!その“太陽にほえろ”みてぇな呼び方やめろ!」

と言うと

「すいやせん!土井さん!」

と雄二が返し

「だからいちいち端折って呼ぼうとすんな!普通に山土井でいいんだよ!酒井!コイツの教育間違ってんぞ!」

と俺はそのやりとりを見て笑い転げた。

山土井もすぐ近くのコーポみたいな所に忍ちゃんと一緒に暮らす様になっていて
料理があまり得意ではないと言う忍ちゃんは直美さんに教わりによく家を訪れてきた。

「彼…味が解んないから食い物なんて腹に入れば何でもいいとか言うんです…でも例え解らなくても彼に適当な物を食べさせたくなくて…」

と忍ちゃんが言うと

「たとえ彼の味覚が何も感じられなくても女の料理は心よ…!好きな人を想って作る料理はきっと彼に伝わるわ。味で感じられなくても彼ならきっと忍ちゃんの想い受けとめてくれるわ」

と直美さんが言うと

「そうですよね!!」

と忍ちゃんは一生懸命料理を勉強していた。
ヤツが知らない所で必死に努力する忍ちゃんが物凄く可愛いかった。
愛されてんじゃん!山土井!と思ったらなんか自分の事の様に嬉しかった。

俺は遂に十八歳になった。
結婚出来る歳になったのだ!
皆が集まってくれて俺の誕生日を祝ってくれた。
そして俺は皆の前で宣言したのだ。

「俺は遂に結婚出来る歳になった!でも俺は焦らない!この人を幸せに出来る一人の男としての確信が持てた時に俺は直美さんと結婚する!でも今日から俺は直美さんを彼女だと思わないからよ!妻だと思っていくんで夜露死苦!」

と言うと山土井が

「姉さんの親に一人前になるまで籍は入れさせないって言われてんだろ!?だからまだ結婚出来ないクセに!でも頑張れや!この糞馬鹿野郎!」

といらないツッコミもあったが皆で盛り上がった。

直美さんが

「焦らなくていいんだからね…私は貴方の傍に必ず居るから…じゃあ私も…頑張ってね旦那様…」

と言ったら更に場が過剰に最高潮に盛り上がった。

安奈さんは

「アンタちゃんとプロのドラマーになってよね。姉さんと一緒に大手振ってアンタがデカイ会場でやる時が来たら見に行くつもりでいるんだから!特等席用意しなさいよ!でも私だってさ…アンタの夢が叶う事願ってる一人なんだからさ…!今度のライブ頑張んなさいよ!見に行くからね!」

と言ってくれて俺は感極まった。

安奈さんも山土井も皆がプレゼントをくれた。
雄二のくれたヌンチャクだけが意味不明だったが…
雄二は

「俺は兄貴がプロのミュージシャンになったらデカイ車で兄貴のドラム全国に運びますから!」

と言ってやがった。

直美さんは来たる初ライブの為にスネアドラムをプレゼントしてくれた。
Pearlの14×6 1/2のブラス製のスネア。

嬉しくて叩きたくてウズウズした。

幸せな…そして身が引き締まる思いの誕生日だった。

そんな俺の誕生日から一週間くらい経った頃だったろうか…

突然安奈さんが店を辞めたと聞いた。

そういえばあの誕生日以来この家にも顔を出さなくなっていた。
暫らく連絡が途絶えていて二人で心配していたある日…
安奈さんが家にようやく顔を出した。

「急にどうしたんだよ!店も辞めちまったんだろ!?」

「安奈!何かあったの!?」

と二人で責めると

「ごめん!ごめん!ちょっと入り用でね。私今、夜働いてんのよ。でも普通のキャバクラよ!心配しなくても平気よ!」

すると直美さんが…

「入り用って…まさか…!」

「オイ!まさか男に貢いでんじゃねぇだろな!?そうなのか!?」

と俺が言うと安奈さんは…

「貢いでるなんて人聞き悪いわね!違うわよ!ちょっと困ってるって言うから助けてあげてるだけよ!好きな人が困ってるなら助けてあげたいじゃない!姉さんが愁の夢を支えるのと一緒じゃないの!」

そう安奈さんが言うと直美さんは…

「何かその人がお金がどうしても必要な事情があるの?」

と聞くと

「そんな事よく解らないけど…いいじゃない!別に!」

その話を聞いて俺は…

「馬鹿!それが貢いでるって事だろが!明らかに直美さんのそれとは質が違うだろが!俺は直美さんに金を貢いで欲しいなんて考えた事もねぇ!その野郎ちょっとおかしいんじゃねぇか!?」

俺が言うと直美さんも…

「安奈…!それは思い違えてるんじゃない…?人を…彼を支えるって本質を貴女は履き違えてない?」

と言った…
すると安奈さんは…

「なによ…なによそれ!姉さんは私の気持ち解ってくれると思ってたのに!」

と言って外へ飛び出して行った…

「直美さん…追いかけて行かなくて平気かな…?」

と言うと…

「今はきっと私達が何言っても安奈には通じないでしょうね…」

更に俺は…

「相手の野郎を炙り出して俺が話をしてみようか…?」

と言ったが

「多分逆効果になるわ…そんな事したら更に安奈は間違った方向に意固地になって突き進みかねないわ…」

俺達は何も手立てが見つからなかった…

それからまた安奈さんから連絡が途絶えてしまった…
年末くらいだったろうか…
山土井が俺を働いてるバイク屋に呼んだ…

「酒井…安奈さんと最近会ったか?」

と聞かれて

「いや…店辞めて暫らく連絡無くてよ一回家に来たんだけどよ、それから全く音沙汰がねぇんだよ」

俺がそう言うと山土井は

「こないだ実は来てよ…金貸してくれって来たんだよ…少し貸したんだけどさ。金はいいんだが何か切羽詰まってるみてぇで気になってな…」

「マジかよ…?」

一体どうしちまったんだ…と俺は困惑した。
山土井は

「酒井、オメェ姉さんにこの事言うか?言うなら俺も立ち合うからよ…」

と言って来た。
しかし…

「いや…直美さんには言わないし言わなくていい。正直…今の安奈さんには俺達の言う事は頭に入らないだろ…暫らく様子を伺うしかねぇんだ…直美さんの心を傷めたくないしな…」

「そうか…俺の方にまた動きがあったり情報が入って来たらすぐに知らせるわ…」

俺は直美さんに黙って安奈さんの家に行ってみた…

しかし彼女は居なかった…
聞けば直美さんも家に行ってみたらしい…
やはり考える事は一緒だったが会えなかったと…
相手の男の面も素性も解らない俺達は激しい憤りを感じていた。

そしてそのまま新しい年を迎えた。

去年の今頃はこうして二人で一緒に暮らしてるなんてまだ思ってもいなかったね…なんて言い合いながら俺達は幸せだった。

しかし俺も直美さんも安奈さんの事はいつも気になっていた…

年を跨いで一ヶ月近く過ぎた頃…正に俺があの温泉街を去って丁度一年経とうとする頃…そしてもうすぐ俺の初のライブが迫ってた頃だ…
ある朝に山土井が家の呼び鈴を鳴らす…
ドアを開けると慌てた山土井が信じたくない言葉を発した…

「姉さん!酒井!安奈さんが…!安奈さんが自殺した…!」

事態は最悪な結果となり俺達を襲った…