『 酒井 愁 - HISTORY 』
「ドラマー覚醒編・"棘の入口"」
〜第十五章〜
安奈さんが死んだ…
直美さんに救われあんなにも明るくなって前向きになっていた安奈さんが自殺した…
俺達はその死の理由も解らぬまま病院に集まった…
安奈さんの遺体に対面する前に看護婦と警察が一枚の紙を俺達に見せた。
それを見た瞬間に直美さんは号泣して崩れ落ちた…
そこには…
“姉さんごめん”
とだけ書かれていた…
何故安奈さんがこんな事に…
ようやく自分から人を好きになる事が出来てあんなにも幸せそうだった安奈さんが…
警察もちゃんとした原因が掴めないでいるらしい…
「糞マッポが!テメェ等何の為に存在してんだよ!」
雄二が噛み付く。
「雄二!安奈さんの前だ!場所をわきまえろや!」
俺は自分がマッポに掴み掛かりそうになる衝動を抑えて雄二を一喝した…
直美さんの心情を察すると俺は感情的にはなれなくなっていた…
そして事情聴取を行なっていく内に安奈さんが金に相当困っていたと言う事が浮き彫りになってきていた。
やがて安奈さんの両親がやってきた。
俺は昔親に虐待されて育ったと言う安奈さんの過去を知っていただけにやってきた安奈さんの両親に対しては押さえきれずに感情的になってしまった…
「アンタ達!アンタ達のせいでどれだけ安奈さんが傷ついて孤独だったのか解ってんのか!?未遂の時は来もしねぇで命を落としたら現れやがって!遅ぇよ!何今頃ノコノコやって来てやがんだ!帰れよ!」
俺が声を荒げると直美さんが…
「愁…!やめなさい!今御両親を責めてもはじまらないわ…失礼しました…私達は安奈さんの友人です。こんな事になってしまい…只…一つだけお聞きしてよろしいでしょうか…先程彼が言った通り彼女は以前未遂を起こしてます…その時に来られなかった理由を差し支えなければお聞かせ頂けませんか…?」
すると父親の方が口を開いた…
「申し訳ありません…安奈は私の連れ子でして…私が再婚してからどうしても妻に馴染めなくて…確かにいつからかあの子に私の全愛情を注ぐ事が出来なくなっていたのは認めます…でもあの子の事を疎ましく思ったり居なくなればいいなんて思った事はありません。何度か…未遂を何度か起こしてきてるのはあの子の私へのサインだったのでしょうか…幾度かその度に知らせを受けていつの間にか私も慣れてしまっていたのかもしれません…前に未遂の連絡を受けた時は妻が妊娠中で破水したりしてすぐに動ける状態になくて…申し訳ありません…でも…これだけは解ってください!子供が死んで悲しくない親が居る訳無いじゃないですか!それだけは信じてください…」
俺達はその言葉を聞いて反論が出来るわけが無かった…
“親に嫌われてきた”
安奈さんが言っていたあの言葉には父親に対しての深い激愛が隠されていた事を俺も直美さんも知った…
父親に愛されたい…
でも父親は全身全霊で自分を愛してくれない…
それがもしかしたら安奈さんにとっての父親から受けた虐待だったのかもしれない…
そんな思いからあの安奈さんの人に対しての…男に対しての過剰なまでに愛情を要求する感情が生まれた事を俺達は知った…
自分を全身全霊で愛してはくれない…守ってはくれないと察した時に彼女の中で生まれる闇…絶望を俺達は初めて知ったのだ…
しかし確かにそんな安奈さんが自分から人を…男を好きになり幸せそうだった…
そんな彼女が何故…
安奈さんの遺体に手を合わせる…
医者や警察によると躊躇い傷等一切無く、致命傷に至る傷を深く自ら切りつけた事から本当に死を覚悟しての自殺だったとの事だった…
それを聞いて更に俺達に衝撃が走った…
後から駆け付けた前の店の店長の佐治さんが俺達に語りだした…
「安奈…大分金に困っていたみたいだけどどうやら男に貢いでたみたいなんだよ…」
やはりそうか…
しかしそいつは何故此処に居ない!?
俺が言った…
「そいつが何やってる奴か解んないんスか!?金が必要なら何かしらを目指してる奴とか!?」
「それが解んないんだよ…安奈は助けたいって言うだけで…」
その相手の野郎の事は直美さんにも安奈さんは抽象的にしか言っていない事だった…
佐治さんも俺達もある結論に達した…
安奈さんはそいつに裏切られたんじゃないか…と。
「私が…私が安奈を殺した様なものだわ…!私がその人にのめり込む様に差し向けた様なものだわ…!」
今迄見た事が無い程感情的な…そして自虐的に自分を責める直美さんの姿がそこにあった…
俺がアキラくんの死に直面した時にこの俺を救ってくれたのは…支えてくれたのは紛れもない…!直美さんだった…
今俺が彼女を支えてあげなくてどうする…!
俺は自分を奮い立たせて言った…
「直美さん!自分を責めないで…!あの時貴女が安奈さんを救ったのは間違いないんだから!」
それでも直美さんの感情は治まらなかった…
俺は力一杯彼女を抱き締めて叫んだ…
「しっかりしろ!!直美!!」
すると彼女は我に返ったのかようやく気持ちを少しずつ落ち着けてくれた…
葬儀は本当に少人数でしめやかに行われた…
しかし相手の男は最後まで現れる事は無かった…
安奈さんの父親が直美さんに最後に声をかける…
「直美さん…本当にありがとうございました。あの子が残した最後の文章は貴女に宛てられたものだった…その事から本当にあの子は貴女の事を姉の様に思っていた様です…最後にあの子の物を形見分けで持っていって貰えませんか…」
そう言って安奈さんの家の鍵を直美さんに差し出した。
直美さんは…
「いえ…そんな…私は安奈さんに結局何もしてあげられませんでした…でも決して彼女の事は…私は…私達は忘れません…お気持ち有り難く受けさせて頂きます…喜んで形見を受け取らせて頂きます…」
そして俺達は喪服のまま安奈さんが住んでた家に向かった…
安奈さんの家に行き部屋に入ると俺達は驚愕した…
明らかに誰かが部屋を荒らした形跡がある…
「何だよ…これ…!」
俺が声を漏らしたが直美さんは黙って荒らされた部屋を片付け始めた…
そして直美さんは安奈さんの今迄手首の傷を隠してたリストバンドを手に取り…
「安奈…これ貰うね…貴女の今迄の心の傷を隠そうとしてたコレを私がずっと持ってるから…」
泣きながら直美さんは最後の別れを安奈さんにする様に呟いた…
部屋を出て安奈さんの家の近くの公園で暫らく俺達二人は動けずにいた…
只二人で黙って肩を寄せ合い座っていた…
俺は直美さんの肩をずっと抱いていた…
崩れそうな彼女を支えている様なつもりで…
何時間こうしていただろうか…
公園の近くに公衆電話がありその電話で男がデカイ声で電話をしだした…
奇しくも俺が安奈さんの未遂の時に救急車を呼んだ公衆電話だった…
「マジマジ!また負けちまったよ!でもよ!次のレースは俺自信あっからよ!今迄の負け分取り返してやんぜ!パチ!?元金がよ〜!今またよ〜キツくなっちまったんだよ!金ズルがくたばっちまって!あ?そうそう!あの女だよ!好きだの何だのやたら重くてよ〜!参ったぜ!好きなら金持ってこいっつったらガンガン持って来てよ!もうねぇとか言うから風俗でも行けや!って言ったら死んじまいやがんの!そうだよ!あの女!安奈だよ!ざけんなよな〜!家にももう金目の物ねぇしよ!でも俺また探しにきちった〜!」
何っ!?
コ、コイツが!?
このクズ野郎が相手…
こんな…
こんなクズ野郎の為に安奈さんは死んだのか!?
完全に俺の中で何かが弾け飛びそうだった…
しかし…
直美さんの前だ…
俺は彼女を支えなければならない…
勿論拳も封印している…
俺が怒りを躊躇した次の瞬間…小刻みに体を震わせて直美さんは言った…
「愁……私の…一生のお願い…聞いてくれる……?」
俺は応えた…
「何…?何でも叶えてあげるよ…!」
彼女は涙を流しながら…
「アイツを…アイツをやっつけて……!」
俺は静かに…そして力強く答えた…
「了解だ…!」
俺は野郎の元へ走って行き殴り倒した…!
「な、なんだよ〜!お、俺何もしてないっスよ〜!」
ふざけたコイツの話なんて聞こえねぇ…!
こんな…
こんな糞野郎の為に自らの命を絶った安奈さんの面影を胸に…
一発一発に皆の想いを…
直美さんの想いを込めて殴った…!
殴りながら涙が出てきやがった…
「許して…殺さないで…」
蚊の鳴くような声でその台詞が聞こえた時に俺はハッキリと人に…コイツに殺意を覚えた…
コイツは生きる資格が無ぇ…!
安奈さんを殺しておいて命乞いだと…!?
“殺してやる”
俺は今でもこの瞬間の感情を克明に覚えてる…
完全に殺意を自覚し拳を振り上げた瞬間、その振り上げた俺の拳を直美さんが全身で止めた…
「ありがとう…愁…安奈ももういいって…ありがとう…コイツは貴男がこれ以上手を汚す必要の無い男よ…きっと今…安奈も気づいてくれたわ…安奈にはもっと相応しい相手がいる事を…」
最初で最後の直美さんが認めた拳だった…
悲しすぎる拳だった…
「死んじゃ駄目なんだよ…!死んじまったらよ…!」
俺は安奈さんに語り掛ける様に何度も何度も呟いた…
死んだら何も残らねぇ…
「帰ろ…私達の家へ…安奈と一緒に…」
そうだ…
帰ろう…
俺達の家に…
これからは安奈さんも一緒だ…