HISTORY
『 酒井 愁 - HISTORY 』

「ドラマー覚醒編・"棘の入口"」


〜第十七章〜



俺はある決意をしていた。

安奈さんが亡くなって俺は俺の夢が叶う事を祈ってると言ってくれた安奈さんの為にも…
夢を掴む為には今迄俺が培ってきた自分の中の様式美を叩き壊さないと…自分を…自分の価値観を180度変えなければならないと思っていた。

俺は随分前から既に「長髪にしなければプロになれないんじゃねぇか!?」懸念に陥っていた為にある決心をする事に…!

リーゼントを捨てる決心だ!

自分自身悩み抜いて出した答えだ…!
ある夜直美さんに重大な発表があると真剣な面持ちで俺は言う…

「直美さん!俺…リーゼントを捨てる…!髪伸ばす!そして金髪にするから!」

意外な言葉が出て来たからか直美さんは爆笑する。

「凄い真剣な顔してるから何を言いだすかと思えば…!いいわよ!好きにおやりなさいよ!」

と言ってくれた。

俺は数日後美容室にストレートパーマをかけに行きリーゼントを捨てた…
直後は男の誇りを捨てたような虚無感が俺を襲ったが自分で決めた事だからと自分自身を奮い立たせた。
パーマがかかって無い髪は何年ぶりだったろう…
本当に変な気がした。
リーゼントのボリュームに命を懸けていた俺はストレートにしたら意外と長くて前髪は目が隠れるくらいの長さであった。
山土井や雄二もその髪を見てビックリしていたが本番はこれからだ!

今では簡単にハイブリーチ剤が入手出来るが当時は特殊な所でしか売って無かった…
美容室に行っても白髪染めやヘアダイ程度な物で金髪には到底至らない物ばかり…
井沢さんに頼んで怪しいブリーチ剤を入手してもらい俺は家で髪をブリーチした。
直美さんにブリーチ剤をまんべんなく髪に塗ってもらいサランラップを巻いて何時間も放置して…

遂に金髪にしたのだ!

「やっぱりね!愁は金髪が似合うと思ったのよ!」

と直美さんが太鼓判押してくれる程俺は金髪が似合った!
まだ形だけだが俺はロッカーになった気分になった。

しかしそこからが凄かった!

時代にして茶髪や金髪なんてまだまだ珍しい時だ。
街を歩けば全ての奴等の視線を独占出来た。
電車に乗れば異人扱い。
小学生のガキ共は“アンドロメダ星人だ!”と指を差すくらいだった。

それが楽しくて仕方なかった俺だった(笑)

雄二は

「ヤベェ!兄貴!完全に世捨て人じゃないスか!?かっけぇ!」

と羨ましがり山土井は

「なんか…ようやくミュージシャン目指すって感じになってきたな!」

とエールを送ってくれた。
そしてその髪で楽器屋に行くと客は心なしか金髪の俺に対して羨望の眼差しで見ていた。
自分の売り上げも上がったくらいだった。

ある日のリハの日金髪になった俺を見たメンバーが

「似合うじゃない!ところで酒井くん。ライブでメイクってするかい?俺達は全員メイクするんだけどさ。出来ればやって欲しいんだけど…?」

ナヌッ!?
メイクって化粧の事だよな!?
物凄い抵抗を感じたし、やるも何もやり方なんかサッパリ解らん!
そんな女みてぇな事をこの俺が…!
リハを終えて俺がライブで叩くのはいいがまたもや俺を不安憂鬱にさせる難題が降り掛かってきた感があった。

家に帰り俺は直美さんに相談だ!

「ライブでドラム叩くのはいいんだけどさ、皆メイクするんだって…俺だけやらなくていいのかな?やらなくていいよね?スゲェ嫌なんだけど…」

すると直美さんは…

「切り替えよ!ステージでは別の人格に変身するのよ。変身願望って男の子の方があると思うんだけどな…昔何とか戦隊ごっことかしなかった?日常とは違うもう一人の自分を作り出すのよ。やってみなさいよ!私がメイクとかやってあげるわよ!愁は絶対に化粧映えするから!私に任せなさい!」

と俺は彼女の押しに圧倒されその場で生まれて初めての化粧をされる。
眉を剃ったり整えたりするのはお手の物だった俺だが眉を書かれたのは初めての事。
メイクを俺に施す彼女はやけに楽しそうだった。

「ステージだと照明で飛んじゃうからもっとアイラインは強くした方がいいわね…シャドウは濃いめで…」

とかやってたら完成…!

鏡を見てビックリした…
完全に自分が知らないまだ見ぬ自分がそこに居た…!
そして俺はそれを見て不思議と嫌じゃなかったのだ!確かにガキの頃変身ヒーローごっこが好きだった気がする…
それくらいの変貌ぶりだったのだ。
何となくノッてきた俺は直美さんに「髪はどうしようか?」と焚き付ける(笑)
すると直美さんは

「ジクジグスパトニックみたいにどうせなら立たせちゃえば?皆長髪なんでしょ?まだ愁はそこまで髪が長くないし、ドラマーで派手なのもアリよ!」

それを聞いて俺は

「じゃあさ、どうせならサイドバック・リーゼントのデッカイのとかどう?横からガッと上げてドバッと立てて片目を隠す感じでさ!」

ノリにノリまくった俺達は理想の形になるまで絵に書いたりして模索し始めた。
その日から俺達は二人でミュージシャン“愁〜shue〜”を構築する為に毎晩話し合っていた。

正に直美さんとの共同プロデュースにより逆毛サイドバックでパッキンメイクの“愁〜shue〜”がこの時点で作られていたのだ。
メイクはするが男気は失いたくない!その想いからあのスタイルが確立されていった。
井沢さんからダイエーで売ってるスプレーが強力で皆使ってると聞いてその“ダイエースプレー”と言われるスプレーを入手した。
そして直美さんは俺の髪に逆毛を入れあのサイドバックを完成させた。

以後俺が過去に残ってる逆毛サイドバックの写真殆どが髪もメイクも彼女の作品だ。

ミッシングパーソンズのライブでテリーボジオは金髪を逆毛で立て上半身裸で体をくねらせながら全身でドラムを叩いていた。
その姿が俺と直美さんの中で一致して衣裳は上半身裸でいく事にした。

勿論ドラムもライブに向けてかなりの練習をした。
バンドでのリハもあり俺はかなりの練習量を積んだ。
今思えば一本のライブにかなりのエネルギーを費やしていた様に思う。
それくらい嬉しかったんだろうな…

そして人生初のライブの日がやってきた…!

生まれて初めてのライブ会場は…

そう…

目黒ライブステーションだった…!