HISTORY
『 酒井 愁 - HISTORY 』

「ドラマー覚醒編・"棘の入口"」


〜最終章〜



遂に俺の人生初のライブの日がやってきた。
ドラマーを目指し始めてようやくスタートラインに立てた気がしていた。

今でもハッキリと覚えている…
家を出る時に安奈さんの在りし日の姿が映し出された一枚の写真に…そしてコーちゃんから受け取った“夜露死苦哀愁”と言う魂の文字を見てアキラくんの面影に…
俺は心の中で呟いた…

「見ててくれよな」

…と。

入りの時間から直美さんは一緒に来てくれるのかと思いきや

「入りの時間に女と一緒に入るミュージシャンなんて軽薄すぎるわ。今からそういう事はわきまえてないと駄目よ。リハが終わって本番前のメイク時に私は行くから」

と俺は家を一人で送り出された。

東京とはいえ下町で育った俺は思えば目黒には初めてこの時降り立った気がする。

そして目黒ライブステーションにやってきた。
会場に入ると他のメンバーはもう来ていた。
既に他のバンドがリハーサルをやっていてそれがいちいち上手く感じる!
しかしここで怯んではいけない!
既にリハの時から戦いは始まっていたのだ。
俺達のリハの順番になりドラムをセッティングする。
ある程度セッティングが終わると当たり前だが各ドラムパーツにマイクがセッティングされる。
しかし本当に何も知らない俺は

「マイクで拾わないといけないくらい俺のドラムは音が小さいと思われてんのか!?」

と勝手に臨戦態勢になる(笑)
とにかくここに居る奴等全員ビビらせてやる!とドラムの音出しから出来る全てのテクニックを過剰に披露する(笑)
そんなの必要な曲が一曲も無いのに(笑)
ライブステーションは現在もそうだがハウスドラムなのに予めツーバスのセットが用意されていた。
俺は連打する曲なんて一曲もないのに当然の如くバスドラムを二台並べてリハで過剰に連打しまくる。

対バンって事はタイマンと一緒だと俺は認識していたしある意味今も同じ感覚は持っているかもしれない。
男が勝負するのに必要な手段として俺の中で“拳”から“腕”に変わった瞬間だったかもしれない…
完全に間違った美学である事は承知だ(笑)

リハが終わり本番への準備の時間に近づいてくると俺はガラにもなく緊張し始める。
明らかに挙動が変になり煙草の本数も増える…
そんな時に楽屋に直美さんが現れる。

「ちょっと!緊張してるの〜?」

と言われても気の効いた返しも出来ない俺…

「貴方は暴れん坊の“坊くん”じゃないの!ステージで思う存分暴れてきなさい!そんな姿コーちゃんに見られたら笑われちゃうわよ?」

と言われたら不思議と緊張が解けた。

髪を立てメイクをしてもらうと後は自分達の出番を待つばかりだった。

山土井と忍ちゃん、雄二と貴子も駆け付けてくれた。

井沢さん達にはそれなりにファンらしき奴等が付いていたがお世辞にも会場は客で埋まってる様な状況では無かった。
人も疎らで、見てる対バンの連中や関係者の方が多いくらいだ。

セッティングの転換を終えると俺はドラムセットの前で呟いた事を覚えてる…

「此処だ…俺は此処から始めるんだ…!」

ステージから客席の直美さんを見つけると俺は小さく頷いたら彼女も頷いたのが確認できた。

そしてライブはスタートした…

俺のドラム人生がスタートした瞬間でもあった…