HISTORY
『 酒井 愁 - HISTORY 』

「板前編・"拾われた未来"」


〜第十章〜



コーちゃんに救われ解放された俺は次の日からまた恥を忍んで板場に立っていた…
疫病神の俺はこの地から去るべきでは…と考えた…いや…恥ずかしくて此処には居られないと考えた俺だが親方の

「坊主!オマエ逃げんなよ!?コーの心意気を男としてきちんと受けとめるなら自分がどうしていくべきなのか此処でまだ考えろ。その心意気から逃げたらオマエは本当の駄目人間だ!」

と言われてそれに従うようにこの地に留まった。
ここから今去るのはコーちゃんの誠意心意気に泥を塗り逃げる事…
ならば今はここに留まり生き恥を晒して行くのが俺なりの罪と罰と思ったのだ。
いや…そんな格好の良いものではなかったな…
逃げたらつぐないすら出来ないのだから…

俺は現在でもコーちゃんには頭が上がらないのである。
コーちゃんが救ってくれたお陰で新たな命を貰って今の俺があると言っても過言では無いのだ…。
俺は今でもそう思っている。
後に語る事になるが俺は今でもコーちゃんへの尊敬と感謝の念をある形として掲げている。
今、俺を知る全ての人達が誰でも解る形として…

コーちゃんは次の日も何も変わらない様子で俺に接してくれた。
痛々しく包帯に巻かれた短かい指先…激痛であるのは火を見るより明らか…
しかし少しも顔に出す事も無くいつもと同じ様に接してくれた。

「この件でこれ以上俺に謝ったらブッ殺す」

とまで言ってくれた…
本当にこの人は凄い人だと思った。
計り知れない巨額な富を誇る奴や権力を持った奴…
いくら名声や才能があろうとも俺の中での一番のヒーローはあの日からいつでもコーちゃんなのだ…
それは今でも変わらない…

他の皆も何も変わらない様子でいてくれた。
こんな疫病神である俺に…

そしてそんな俺もそれから大分大人しく…

はならなかった(笑)

残念な事に…

流石にみだりに女には手を出したりはしなくなったが喧嘩はした。
しかし自分からわざわざ相手を探し挑発して売りに行ったりはしなくなった。
そして少しずつ変化が伺えたのは本物の男と言う物を知った俺は勝つ為に手段を選ばない卑怯な手口を恥じる様になったのだ。
売られたら買うが狂犬の様に感情優先で後先考えないで襲い掛かるのではなく一度一呼吸を置いて怒れる理由を考える事を覚え始めていた。
そう…前よりも普段から意味もなくイラついたりもしなくなった気がする…
本当の脅威と本当の男の姿を知り過剰に自分は強いと意気がったりする事が恥ずかしい事と悟りつつあり少しずつそんな事への興味が薄れてきたのかもしれない。
多少ながらも喧嘩をする“意味”を求め始めていたのかもしれないな。

そんな数日後、例の若頭が俺を訪ねてくる…

ホテル内のバーに俺に来客だと言われ行ってみるとそこに若頭が待っていた…
一瞬流石にギョッとして一気に緊張感が全身を駆け抜けたが覚悟を決めて近づいていった。

「よく逃げなかったな小僧…!もう居ねぇかと思ったぜ。小僧…どうだ?少しは社会の仕組みって奴が解ったのか?」

相変わらず穏やかな雰囲気の中にも強烈な極悪感を漂わせて威圧感を放ちまくっている。

「はい…俺は一人で生きてるつもりでいたけど必ず誰かに支えられて人は生きてるって少しは解ったような気がするっス…」

とガラにも無い事を緊張の面持ちで言うと爆笑される。

「オマエ傑作だな!馬鹿の癖に!」

とバシバシ殴られる。

「上等じゃねぇか!兄弟子に感謝するんだな。あの兄弟子言ってたぜ。あの小僧はその辺のチンピラなんかよりも珍しく気合いが入っててガキの頃の自分にそっくりで見てると嫌になるくらいなんだと。だからこそ自分と同じ様な道を辿らせたくねぇんだと。まだやりたい事もわかんねぇ進むべき道すら見つからないあの馬鹿の未来をなんとか殺さないでやってくれと。自分の誠意でなんとか見逃してくれとな。」

心が鷲掴みされ握り潰されてる様に痛くなった…

「かなりの修羅場を潜り抜けて来たいい面してやがったぜ…あの兄弟子は。全く躊躇感が無かった…で?その兄弟子に拾われたオマエの未来って何だ?何かあんのか?板前って感じでも無さそうだが?」

ギクリとした…
何も答えられなかった…
未だ何も無かったのだ…

「何だまだねぇのか!?じゃあ板前嫌になったらウチに来いや!」

と恐怖のスカウトをされ「また悪い冗談を!」と笑い飛ばしたら「馬鹿!本気だ!」とまた殴られた。

最後に若頭は言う。

「小僧…俺はオマエみてぇな馬鹿の事嫌いじゃねぇから言っておく…覚えておけ…二度目はねぇ。命は一つしかないって事と一緒だ…肝に命じておけ」

その時鉛の様に鈍色に光った鋭い目が今でも忘れられない…

こうしてまた一つ何かを学んだ気がした…

ような気になっていた…

拾われた俺の未来…
この言葉が妙に頭から離れなかった…
この時くらいから漠然ながらも自分の人生を懸ける目標が欲しくなってきていたのかもしれない…

それが板前の道なのか何なのかはその時の俺には全く解らなかった…
だからこそ板前の道を今は進んで行こうと強く思ってはいた。

そんなある日…

珍しく客の予約が少なくて俺は昼の休憩時間を取れた。
やはり髪をセットし着替えて温泉街を練り歩く。
その辺の美学は変わらない(笑)
本田と山土井と合流する前に俺は見慣れない喫茶店を見つける。
と言うより昼間になかなか活動出来なかったし軟禁されてたしで知らなかっただけなのかもしれないが…

吸い込まれるようにその喫茶店に入りカウンターに座る。
田舎必殺のバァさん一人で切り盛りしてる店みたいだ。
とりわけ店自体に興味は感じ無かったが折角入ったからとコーヒーを注文する。
色んな事がありすぎて流石に疲れていたのかいつの間にか俺は寝ていた様だ。
ハッと目を覚ますと目の前にさっきのバァさんとは違う女が立っていた。

「大丈夫ですか?大分疲れてるみたいね」

優しく声をかけられ思わず二度見してしまった!

当時の俺の完璧ストライクな女がそこに居た。

その一瞬で俺は完全に恋に落ちた…

この出会いが俺の今後を大きく変えるとはその時は思いもしなかった…