HISTORY
『 酒井 愁 - HISTORY 』

「板前編・"拾われた未来"」


〜第十二章〜



夜に包丁練習会をしながら俺は皆に聞いてみる。

「アイアンメイデンって知ってる?」

アキラくんが言う…

「坊!そんな事もしらんのか?フリッツ・フォン・エリックの必殺技だ!」

それはアイアンクローだ…

「モトリークルーって知ってる?」

コーちゃんが言う…

「山や砂利道の単車競争じゃ!」

それはモトクロスだ…

俺は誰も知らない世界を垣間見た気になって少し優越感に浸っていた。
外人が奏でる音楽等、聞いた事も見た事も無い俺だったが直美さんから借りた一本のカセットテープをポケットに忍ばせているだけで二人だけの秘密を共有している様な錯覚に陥った。

寮に帰りデッキにそのカセットをセットする。
カセットレーベルには直美さんの少し大人びた達筆な字で彼女の素敵女子なイメージからはおよそ想像がつかない文字が書かれていた。

“魔力の刻印”

再生ボタンを押すと一気に衝撃が走った。
今まで聞いた事も無い攻撃的な音楽…
何言ってるかサッパリ解らんが音同士で喧嘩してる様な感覚に俺は魅了され圧倒された。
歪んだギターにドライブするベース。
そして何よりも強調されるドラムの攻撃的な音に初めて血が躍動した。

「こ、これは男の喧嘩音楽だっ!」

と無意識のうちに菜箸を手にリズムを刻んでいたのだ。
ドラムをやっていたなんて実は形式だけの事。
実際はドラムがカッコイイ楽器なんて思ってもいなかった。
しかしこの時ドラムの音を聞いて初めて“男”を感じたのだ。
ドラムってカッコイイな!…と初めて思った瞬間だった。
そしてこれが俺の実質的なロック初衝動だった…

彼女との距離を縮めたいだけの話のネタくらいに借りたメタルのカセットテープだったがその攻撃力に完全にハマってしまったのだ。

連日昼休憩には直美さんの居る喫茶店に行きカセットを借りて毎晩メタルを聞き始めた。
彼女はまるで俺に音楽を教えてくれる先生の様な存在になっていったのだ。
美しく上品なお姉さんが“悪魔”とか“鋼鉄”とか似つかわしくない単語を言うギャップにも俺は増々惹かれていった。

そして困った事になっていた…。

容姿だけではなく理想像だけではなくマジで直美さんと言う人柄にも惚れてしまったみたいなのだ。
本当に好きになると臆病風に吹かれてしまうのか何一つ進展も無いままでいた。
そして俺はこのままでは遺憾!とある計画を画策していたのだ。

何とか二人きりのデートに誘えない物だろうかと…(笑)

散々ヤりまくってきた男が何を言うかって感じだが堅気のお姉さんをいきなり誘い出すなんてどうしたらいいか解らんのだ(笑)
夜に誘うのは失礼だ!そして危険だ!きっと下心があると思われドン引きされるに違いないと苦悩する。
そんな事になったら俺はお終いだ!くらいまで苦悩する。
大体今まで昼間の普通のデートなんかした記憶も殆ど無いのだ!
記憶を辿ると昼間女と動いてもダルくなりすぐにラブホに直行。
最低だっ!!(笑)
だからこその憧れもあり休みを取ろうと決意する。

問題はあのオヤジだ…
俺は親方にとにかく聞いてみた。
俺は思えばここに来て休みが一日も無かったのだ。

「あのさぁ…いや、あのですね…俺って休み貰えたりしねぇの?いや…休み貰えたりしませんかね…?」

と聞くと

「こないだたっぷり休んだろがっ!」

と一瞬で却下される。

あの軟禁の事かよ!?

全ての計画が脆くも崩され絶望に打ち拉がれてるそんなある夜に広瀬さんから家に遊びに来いとの誘いを受ける。
広瀬さんの車で一緒に帰ると滅茶苦茶綺麗な奥さんが出迎えてくれた。

「暴れん坊くんが来た!いらっしゃい!」

一瞬で広瀬さんがどんな風に家で俺を語ってるのかが解った(笑)
しかしズルいくらいの美男美女夫婦である。
子供が2人居たがその時はもう寝ていた。
飯を御馳走になり一緒に飲むと俺は広瀬夫婦に理想の夫婦像を見い出し一気に自分と直美さんとの将来設定にまで辿り脳内が一杯になる。
かわいいものである(笑)

現在ならば危険な妄想狂と非難を浴びそうだが(笑)

その時に俺は初めて広瀬夫婦に直美さんの事を話す。
奥さんに真剣に恋愛相談をして女心について教えてもらうが

「君は女心テストって物がもしあったら0点ね!」

と酷評される(笑)
しかし広瀬さんも奥さんも優しく背中を押してくれた。
しかし前向きになったり後ろ向きになったりする(笑)

そんな初めての恋愛中毒症に陥った俺だが喧嘩はやはり止まる事は無かった。
やはり硬派たる物に憧れが尽きない俺としては一人の女に惚れたら惚れぬくといった美学に溺れる自分に酔いまくり女に関しては一切速射砲を放つ事は無くなった。

そんな時、顔面や腕に絆創膏や包帯が取れない俺に直美さんがプレゼントをくれたのだ。

スティックだ。

「これでもう一度練習してみたら?だからもう喧嘩とかしちゃダメだぞぅ!」

キタァー!!
完全にメロッた恋奴隷の俺はタカタカと寮で練習をし始める。

そんなある日…

爆睡していると夜中にガンガンと寮の窓を叩く音がする。
うるせぇ!と発狂しながら起きるとそこに山土井が立っていた。
泣きながら立ち尽くす山土井…
興奮状態にもなっていて話になんねぇからとにかく落ち着かせ

「何だ?どうした?」

と問いただすと衝撃な一言が待っていた。

アキラくんが死んだと言う…