HISTORY
『 酒井 愁 - HISTORY 』

「板前編・"拾われた未来"」


〜第十四章〜



深い闇から俺は救われた…
救ってくれたのは一人の女性との愛だった。

直美さんと身も心も通じ合った俺は早くも彼女と一緒になる事を意識し始めていた。

早すぎる(笑)

しかし実質的初めて人を愛するが故、頭の中は超高速に展開され全てを欲した。
そして初めて真剣に人を愛する喜びと大切さに俺は満たされていた。

山土井や本田、コーちゃんにも彼女を紹介して彼女がその輪の中に溶け込んで行くのが凄く嬉しかった。

「坊にカミさんが出来たか!!」

そんな一言に舞い上がったりした。
でもそこにアキラくんの姿があって欲しかった…

「坊!こんなべっぴんさんアキラが嫉妬してるぞ!」

コーちゃんのその言葉に俺は少し救われた気がした…

それと同時に俺は彼女が教えてくれたメタルに一気にのめり込んでいったのだ。
寮でスティックでタカタカと練習していると何となく叩ける気がして本物のドラムを叩きたくなった。
しかしここにはそんな物は無い。
そんな時に何気なく直美さんに…

「練習してたら叩きたくなっちゃった。叩けるかどうかわかんないけどね」

と言うと彼女は近郊のスタジオを調べてくれて車も出してくれると言う。
ある夜俺達二人は仕事の後スタジオに向かった。
車で三十分くらいの所に開けた街がある。
温泉街近辺から出ない俺達の遠出初デート先は奇しくも街の練習スタジオだった。

ドラムセットに座る…
中学の時に横浜銀蝿のコピーバンドでドラムを始めた時、俺はバスドラムをろくに踏む事が出来なかった…
オフクロの財布からくすねた金で初心者用セットを通販で買ったが全て組み立てる事は結局無く部屋のオブジェと化していた。
初めてに近い感覚でペダルを踏みバスドラムの低音に驚く。
スネアドラムを叩くと無意識のうちにリムショットを既にかましていたのだろう…スパーン!と胴が鳴り切る音色に魅了された。
テープで曲をドラムを何回も聞いていた俺は手と足の分離連動イメージを体に伝導すると…

叩けた!!

バスドラムも踏める!

シングルストロークは現在ぐらいの速さで既に叩けていた記憶がある…。
一時間程叩いた俺は完全にドラムの虜になっていた。
自分でも驚いたが直美さんはもっと驚いていた。
思えば生まれて初めて演奏するドラムソロだった。
観客は一人…直美さんだけだ。
ふと彼女を見ると目が潤んでいた…
ビックリして彼女に問うと…

「ドラムってこんなにも音が綺麗で説得力ある楽器なんだね…驚いちゃって…」

と言っていた。
更に彼女は…

「ずっとやっていた訳じゃないんだよね?」

と何度も聞いてきた。

「直美さんがこの俺に教えてくれた様なもんだよ」

本当にそうだった…
俺は恐らく直美さんと出会わなかったら再びスティックを握る事すら無かったであろう…

俺はこの時から自分でも不思議なくらい頭でイメージした事が体で体現出来た。
これは本当に不思議だった。

彼女はその日から度々スタジオに俺を連れて行ってくれた。
行く度にコツを掴み何となく上達しているのが解り面白くなっていった。
特にあんなに扱えなかったフットワークはみるみる向上していくから不思議…

やはり彼女は俺の音楽の先生だった…

勿論ツーバスの必要性を教えてくれたのも彼女だった。
ツーバスの見た目は知っていたし好きだったが何の為にバスドラムを二つ並べてるのか解らないままでいたから彼女が解説してくれてやっと理解したりした。

ある衝撃も忘れてはならなかった。
スタジオのロビーで音楽誌を手に直美さんが

「これがトミーリーだよ」

と見せてくれた写真を見て…

「何故こんな女みてぇに髪が長くて化粧までしてやがんだ!?あんな男の喧嘩音楽をやってるのに!?」

周知の通りメタルやハードな音楽は長髪が定番であった。
それに抵抗と疑問は感じたりはしたものだ(笑)


そんなある夜…

仕事を終えて直美さんと歩いていたら以前喧嘩してボコボコにした奴二人と遭遇する。
シカトして去ろうとすると

「オイ!テメェ待てや!」

と呼び止められる。

「テメェ一人かよ?かかってこいよ!テメェにやられっぱなしな俺等じゃねぇからよ!」

「相手にしちゃ駄目…」

彼女の声が聞こえたから

「アホか…消えろよ。」

と言うと

「ふざけんな!!逃げんのか!?テメェみてぇな外道は女とイチャつくのも許されねぇんだよ!」

禁断のキーワードが聞こえたがそれでも断ち切り去ろうとすると…

「ヘタレが!一人じゃなんも出来ねぇのかよ!?オイ!お姉さんよ!コイツがどんな外道か解ってんの!?コイツはこの辺の女を食いまくりのどうしようもない奴だぜ!?俺等と一緒に来いよ!」

と直美さんの手を掴んできやがった。
事もあろうか直美さんに野郎は触れたのだ。

「駄目よ!私なら大丈夫だから!」

彼女の声は俺の脳に届かなかった…
その瞬間には俺は頭の中が憎悪で一杯になっていて凄い勢いで二人に襲いかかっていた…
アキラくんが死んでから初めての喧嘩だった…
しかしその時はその先に“死”等は意識しなかった…
俺の愛する人に触れたこの野郎共は生きる資格はねぇ!としか考えられなかった。
その先にある死への恐怖よりもここでこの人を守らなくて何を守るんだ!?って思いが何よりも勝っていたのだ。
俺の両手は血で染まっていた…
止まらない俺を彼女が止めた…

「その手は…その手は人を傷つける為にある手じゃないよ!」

と泣いていた…

彼女の悲しい泣き顔は…

見たく無かった…

嫌だった…

でも泣かせたのは俺だった…

我に返って二人でその場を去ると俺に直美さんが…

「何があってももう暴力で解決しようとしちゃ駄目だよ…」

と喧嘩をしない事を約束して欲しいと言う。

「でも直美さんを守りたくて…」

「物凄く嬉しかった…守ってくれる気持ちは伝わったよ。でもあの瞬間貴方が怖かったの…その場から逃げる選択肢も決して恥じる事ではないわ…これからは違う方法を考えて欲しいの…だって貴方は…」

と言うと直美さんは血で染まった俺の両手を握り…

「ドラマーが喧嘩しちゃダメよ。貴方の手は絶対に暴力を作り出す為にある手じゃないよ…きっとこの手は沢山の人達を感動させられる事が出来る手よ…!この手をもっと大切にして…!」

ハッとさせられた…
コーちゃんに救われたこの十本の指…そしてこの手を…
俺はまだこんな事にしか使えてない事に激しい嫌悪感を覚えた。

「直美さん…ゴメン…俺のせいで怖い思いさせちゃって…アイツが言った様に俺はどうしようもない外道なんだよ…」

俺は諦めにも似た思いを込めて言った…

「何を気にしてるの?あの人達が言った事?そんなの私と出会う前の事でしょ?見損なわないで!そんな事で私は動じないわよ?それに…違うわ…貴方は変わったの…昔はどうあれ今やこれからは貴方は変わるのよ。人は変われるの!!」

直美さんの言葉はいつも俺に力と希望を与えてくれる…
俺はこの人を好きになって良かったと心から思った。

「俺…変われるのかな…」

「大丈夫…貴方はもう変わり始めてるわ…!」

その言葉が俺の光となった…
そして直美さんは俺の両手を染めた血を拭いながら

「今日から拳は封印っ!カッとしたら今日の事と私を思い出して…!私が貴方を守るから…!」

彼女は強い人だった…
俺は自分の弱さを恥じた…
言葉通り彼女が俺を人の道から外れない様に守って導いてくれていたのだ…
俺は人を守ると言う意味を履き違えていた…
彼女を本当の意味で守れる男になりたいと…早く大人になりたいと強く願った…

その時にコーちゃんが言った“これからは守る手段は拳ではないかもしれねぇ”と言う言葉が頭に浮かんだ。

俺は初めてドラマーと呼ばれた…
そう呼んでくれた直美さんに俺は例えキレても暴力や喧嘩をしない事を誓った…。


そして俺は17歳になった。

めっきり寒くなり始めた頃…
五味親方が俺にあるパンフレットを持ってくる。
定時制の高校のパンフだ。

「坊主…定時制の学校通って卒業してお袋さんを安心させてやれ。それに通いながら板前の道を進め」

そうか…
それもありかなと思った次の瞬間…

「あれ?また高校行くの?あれ?俺は何の為に高校辞めたんだっけ?そもそも何の為に家を出たんだっけ?」

と素朴ながらも強烈な疑問が生まれる。
ここであの例の若頭の言葉も蘇る…

「兄弟子に拾われたオマエの未来。オマエは何がしてぇんだ?」

今何を自分がやりたくて何を自分がやるべきかを真剣に考えてみた。
一つ一つ頭に浮かべて整理をしてみる。

コーちゃんに拾って貰った命…その未来を自ら切り開かねば、救われたこの手で掴まなければコーちゃんに顔向け出来ない…
そしてゆくゆくは愛する人と一緒になって彼女を守っていきたい…

そして…

“ドラマーになりたい”

そんな言葉が浮かんだ時に俺は困惑した…

“板前の道を突き進んで極めたい”

と言う言葉が浮かんで来なかったのだ…

拾われた俺の未来が見え始めた頃…
俺はとんでもない真実を知る事になる…

アキラくんは事故では無かった…

殺されていたのだ…!