『 酒井 愁 - HISTORY 』
「板前編・"拾われた未来"」
〜第十五章〜
ドラマーへの道を意識し始めた頃だった。
昼の休憩時間に直美さんの居る喫茶店へ行こうとすると本田とコーちゃんと米沢親方が三人で神妙な面して話している場面を目撃する。
近づいて行き話し掛けると何故かよそよそしい。
「坊!カミさんが待ってるんだろ?行けや!」
この不自然な感触は昨日もあった気がしてた。
思えば山土井も広瀬さんも五味親方も何か不自然だった気がする。
直美さんの喫茶店に行くと俺は直美さんにこの事を告げる。
「今、コーちゃん達と会ったんだけど何か変な感じなんだよ」
と言うと
「そう…」
と何故か直美さんまで何か変だ。
いや…皆変だ!
あまりにも変だから次の日昼休憩の時に俺は山土井がコーちゃん達の居るホテルへ入って行くのを見届けると休憩室のドアの所にひっそり隠れて会話を聞いていた。
すると山土井がコーちゃんに
「やっぱ隠してないとダメっスか…?酒井にだけ言わないの俺は耐えられないっスよ…ダチっスから…」
と口走った。
何の話だ?と耳を傾ける。するとコーちゃんが
「馬鹿!坊に言ったらトチ狂って何しでかすか解らんぞ!実行した奴がハッキリ解らん上に相手が強大すぎる。相談したら坊のカミさんにも頼まれたろが?坊には言わないでくれと…奴もやっとやりたい事が見えて来たともな!」
一体何の話をしてるんだ…?
更に息を潜めて話を聞く…
「オマエ…!口が裂けても坊に言うんじゃねぇぞ!!」
何だ…!?
何なんだ…!?
「しかし…やっぱ本当なんスか…?」
「確実にな…これだけサツが轢き逃げ犯捕まえらんねぇのおかしいだろが?ヤツが逝く数日前くらいから妙な電話がかかって来て親方やけん坊がとったりしていたからな…多分此処に来る前にアキラが居た組織が突きとめたんだろうよ…アキラはキッチリ手を切ってなかったみたいだし何か重要な事に絡んでたみたいだからな。酔い潰れて轢かれたのは確かだがあれは故意だ!事故じゃねぇ!消されたんだ!…アキラは殺されたんだ!」
何…!?
ここまで聞いて頭の何かが弾けフッ飛んだ…。
アキラくんが殺された…?
その余りにも今迄の人生の中で現実味の無い言葉だけが頭を埋め尽くしていた…
ドラマや映画の中では無い…この現実で自分の身近な人が第三者に殺された…
そんな事が本当にあるのか…?
そんな事が許されるのか…?
そんな事は…
許されるわけがねぇ!!!
たまらず俺はその場をダッシュで離れ山土井のRZ350を盗み、ある場所へ走った…
道は覚えていた…
真先に浮かんだ…
あの人しか居ない…!
俺はあの若頭の所へ向かったのだ。
頭が尋常じゃない憎悪で一杯だった。
仇を…
仇をとってやらねぇとアキラくんが浮かばれねぇじゃねぇか!!
そんな事で頭が一杯だった…
アキラくんが昔居た組織の名前は何となく聞いていた。
俺はガキだ…それはもう嫌ってくらい解ってる。
そこに辿り着くにはあの男の力が必要だと俺は思ったのだ…
あの軟禁された建物へ再び自ら行き若頭に会わせて欲しいと直談判する。
「小僧!何だ!テメェは!」
「うるせぇ!!テメェ等には用はねぇ!!」
と取り囲む下の連中に殴り掛かり押し問答となるがどうやら若頭が会ってくれるとの伝令が走り俺は通される…。
部屋に行くとあの若頭がそこに座っていた。
「珍しい客だな。小僧…オマエから来るとはな。」
と相変わらず落ち着いた中から滲み出る極悪感は変わらない。
微笑みながらも眼光は鋭い…
「アンタしかいねぇんだ!俺の頼みを聞いてくれ!」
「何だ?」
若頭から微笑みが消えた。
「頼む!アンタの力を俺に貸してくれ!アンタ知ってんだろ!?俺の兄弟子が殺された事!俺は許せねぇんだ!このままじゃいられねぇんだ!俺が仇をとりてぇんだ!誰が殺したか突きとめてくんねぇか!?頼む!」
「突きとめてどうするんだ?仇をどうとるつもりだ?」
「俺が…俺がこの手でブッ殺すんだよ!」
若頭の顔つきがより険しくなった…
「小僧…俺達は慈善事業はしねぇ…俺達への見返りは何だ?オマエがそれを頼むって事はオマエが俺達に何かを献上するって事だぜ?解ってんのか?」
完全に頭に血が上っていた…
「わかんねぇよ!どうすればいいんだ!?」
すると一瞬ニヤリと氷の様に笑うと…
「テメェ自身を献上しろ。ウチに来るなら考えてやってもいいぜ?俺の兵隊になれ。俺の歯車になって働いたらオマエの望み叶えてやる。」
悪魔の契約だ…
そんな時にコーちゃんが入って来て思いっきり殴られる。
俺が会話を聞いていた事を悟り後を追って来ていたのだ。
「坊!やっぱり此処か!?馬鹿野郎がっ!何やってやがる!」
「コーちゃん!何で教えてくんねぇんだよ!アキラくんが殺されたって!俺達が仇討ってやんなくて誰がやんだよ!」
完全に我を忘れた俺はコーちゃんにも掴みかかる…
「目ぇ覚ませや!」
とまた殴られる。
「兄弟子さんよ…」
そんな最中若頭がコーちゃんに話掛ける。
「この火の玉小僧…俺にくれねぇか?こんな馬鹿そうそう居ねぇだろ?俺はコイツ気に入っちゃったのよ。」
するとコーちゃんは俺を再び殴りこう言った。
「坊!オマエが守りたい物は何だ!?惚れた女も居るんだろうが!?オマエがやりたい事は何だ!?此処にあんのか!?違うだろが!?オマエはオマエのやりたい事が見つかったんだろうが!?アキラもこんな事望んじゃいねぇ!」
その言葉を聞き直美さんの顔やドラムの事等が頭に浮かびやっとその時に正気に戻った…。
俺は全身から力が抜けその場に跪き自分の愚かさを自覚した…
「俺は…俺はアキラくんがこのままじゃ浮かばれねぇって…ただ…悔しくてよ…」
そしてコーちゃんは若頭に向かって一礼しながら
「すいません。コイツは渡せません。コイツは今から向かうべき道に向かいます。諦めてやってください。そしてコイツの非礼をどうかこの場で収めては貰えないでしょうか。」
若頭はビシッと頭を下げるコーちゃんのその姿を見つめながら暫らく黙っていたが静かに語りだした。
「小僧…」
俺に向かって鋭い眼光を放ち…
「言った筈だな…二度目はねぇと…」
「あぁ…」
と俺は息を飲んだ…
すると若頭はコーちゃんの方に目を向けて…
「適わねぇなアンタには…俺はアンタの事も気に入ってるからアンタがそう言うなら仕方ねぇな。頭上げなよ…それにこの小僧も死んだ兄弟子を思うが余りの事だ。香典代わりに収めたる」
そして若頭は俺に向かって…
「小僧!精々テメェの命大事にしろや!オマエこの方に一生頭上がんねぇぞ!」
と笑い飛ばした…
「本当にすいませんでした!!」
と早くも人生二度目の土下座を二人にした…。
俺はまたコーちゃんに助けられた…
事務所を出て帰り際にコーちゃんが俺を小突きながら…
「相変わらず馬鹿野郎だな…坊!だから皆でオマエには言わない様にしようって決めたんだ。惚れた女泣かせんな!」
「すいません…」
するとコーちゃんが…
「坊…!俺もオマエと同じ気持ちだ。アキラの仇は討ちてぇ!しかしな…誰に対してその気持ちをブツける?轢いた奴か?そいつを探すのか?そいつに辿り着くまで何年かかる?それとも組織か?強大過ぎて誰に対して憎しみを持続させていっていいか焦点が鈍るぞ。テメェの人生何年使う気だ!泣き寝入りしろとは言ってねぇ。とにかく忘れんな!今日の事アキラの事全部!オマエが忘れないでやってくれ…!アキラはオマエの事いつも気に掛けていた…初めてオマエが来た時「コーちゃん!面白い奴がやってきたな!」って言ってた…さっき言った事は本当だ…アキラもきっと仇討ちなんて望んじゃいない…」
その言葉を聞き涙が溢れ出した…
「馬鹿野郎が…!」
そう言ってコーちゃんは俺の肩を力強く組んでくれた…
そして俺に問い掛ける…
「坊…カミさんが言ってたオマエが見つけたやりたい事って何だ?聞かせろや…?」
俺は少し戸惑いながらも思い切ってコーちゃんに言った…
「コーちゃん…俺…ドラマーになりたいんだ…!」
「ドラマー?ドラマーって…?あの…太鼓叩きか?」
一呼吸置いてからコーちゃんは言う…
「坊…その世界は勝算があるのか?」
「わかんねぇ…わかんねぇけど…負けるかもしんねぇけど…でもやりたいんだ…」
暫らく沈黙してからコーちゃんは言った…
「そうか…選んだ道は棘道って事か…坊!オマエの選んだ道はきっと棘の道だ。だがな…男は必ず棘の道を選べ!それはきっとオマエにとっての薔薇の道になる筈だ!前を向いていけ!そしてやるなら目指すなら最強の男になれ!誰にも負けんな!アキラの魂もオマエが背負って叩け!」
涙がまた止まらなかった…
俺はこの言葉は一生忘れない…
この言葉で俺はドラマーを目指しドラマーになる事を決心した。