『 酒井 愁 - HISTORY 』
「板前編・"拾われた未来"」
〜第十六章〜
コーちゃんに自分の気持ちを吐き出しドラマーへの道を行く許しを得る事が出来た…。
俺達が二人でホテル近郊に帰って来ると山土井と喫茶店のエプロンをしたままの直美さんが待っていた。
うっすらと涙を浮かべながら初めて見る怒った顔をした直美さんに平手打ちを食らう。
「馬鹿っ!どれだけ心配したと思ってんの!?」
思えば女に平手打ちをクリーンヒットされたのも初めての事…
「ごめんなさい…」
「どうして後先考えずに自分の身を危険に晒すのよ…!貴方は残された人の気持ちが誰よりも解る筈でしょ!?」
「はい…その通りです…ごめんなさい…」
また彼女を泣かせてしまった…
いや…怒らせてしまった。
「貴方に何かあったら…って思ったら…私…」
と直美さんは泣き崩れてしまった…
「本当にごめんなさい…!俺…もう自分の道に迷わないから…もう二度と貴女を泣かせないから…!」
するとコーちゃんが
「まぁまぁ!男は思い立ったら本能で行動するくらいがいいんだから!でも坊は本能だけすぎるけどな!でも滅茶苦茶反省してるみたいだから許してやってくれ。それにカミさんに坊から話があるみてぇだから聞いてやってくれ!」
とコーちゃんが話を取り持ってくれた。
暫くすると少しずつ直美さんは落ち着きを取り戻した…
「ぶったりしてごめんなさい…私が暴力は駄目って言ったのにね…」
「いや…いいんだよ…俺が悪いんだし…目が覚めたよ…」
そして直美さんは俺の顔を確認するように触れながら…
「無事で良かった…」
と言った…
何故か直美さんの事を「直美姉さん」と呼ぶ山土井が
「コーちゃんから姉さんにオマエが飛び出してった事伝えろって言われて伝えたら、オマエが何処に行ったか見当ついてるなら教えなさい!って凄かったんだから!姉さんまで事務所に乗り込んで連れ戻すって言って止めるの大変だったんだぞ!コーちゃんが必ず連れ戻してきてくれるからコーちゃんを信じましょうって!」
その言葉を聞きこんな馬鹿な俺への強い愛を感じ凄く嬉しかった…そして更に激しく反省した…
「じゃあな坊!後はお二人さんでな…!」
と去ろうとするコーちゃんに
「コーちゃん…!立ち会ってくれ。俺はコーちゃんにも聞いておいて欲しいんだ」
とお願いする。
直美さんの目を見て俺は真剣に言う…
「直美さん…俺は板前を辞めて東京に帰ってドラマーを目指す。命の恩人のコーちゃんにも許して貰った。貴女に導いて貰ったドラマーと言う道を俺は追い求めて行きたい…やるからには必ずプロになる。この手で掴んでみせる。険しい道かも知れないが俺はその道を進む事に決めたから…」
俺は続ける…
「俺は貴女を心から愛してる。こんな俺だけど貴女を幸せにしたい気持ちは誰にも負けねぇ。そしてこれからの人生貴女無しでは考えられない!貴女が俺には誰よりも必要な存在なんです。どうか…俺と一緒に棘の道を歩んで下さい!結婚してください!」
渾身のプロポーズだった。
暫らくの沈黙の後直美さんが口を開く…
「えっと…貴方はまだ17歳だから結婚は出来ないんじゃないかな…?」
えっ!?あれ!?
そうだっけ!?
一気に真剣なその場が爆笑の渦になる
「坊っ!本当にオマエらしいわい!まさかプロポーズするとは…!俺はテメェのこれからの話をしろと言ったがプロポーズしろとは言ってねぇぞ!」
…とコーちゃんが笑い飛ばす。
俺は自分の若さを呪った…
そして直美さんが静かに話しだした…
「こんな時にこんな大事な話をするなんて…それが貴方らしい…でも凄く嬉しいよ。貴方にはその道の才能がある…きっと沢山の人に感動を与えられる人…そして困難を力に変える強い心があるって私は信じてる。そんな貴方が大好きよ…!今から貴方がプロのドラマーになる夢は私の夢でもあると強く思ってる…でも…私も今は宝石の勉強を投げ出すわけにはいかなくて…家の手伝いもあるし今すぐには貴方と東京へは一緒に行けないの…」
一瞬目の前が真っ暗になった…
…が直美さんは続ける…
「貴方が18歳過ぎたら私を迎えに来てくれますか?」
一気に目の前が開けた!
「勿論です!それまでに貴女を幸せに出来る男に俺は必ずなります!必ず迎えに来るから…!そしたら結婚してください!」
そう言ったら彼女は…
「はい…」
と言ってくれた。
嬉しかった!
嬉しすぎて山土井を小突いたら山土井も小突いてきてそれを続けてたら本気になってきて段々殴り合いに近くなってきたら…
「暴力止めないと結婚なんてしないよ!」
と言われて二人で彼女に平謝った。
「坊!オマエは絶対に尻に敷かれるタイプだな!」
とまたコーちゃんに笑い飛ばされる。
そして俺は親方に話をする事にした。
心から自分のやりたい事が見つかったから自分は板前を辞めて東京に戻りその道を進みたいと…
基本、去るものは追わずの世界なので親方は
「そうか…」
としか言わなかったが時期として師走の忙しさが重なりやってくる時だったから年を跨いで1月末までは居てくれと言われる。
とにかく師走の忙しさはハンパじゃ無かった!
特別メニュー等も多くここにきて新たに覚える事も多かった。
いつの間にか最初は小魚しか扱ってなかった俺はデカイ魚の三枚おろしまで出来るようになっていた。
そんな戦場の様な忙しさだったが夜は直美さんとずっと過ごした。
コーちゃん達皆で飲んだりスタジオに行き練習したりもしたが時間の許す限り彼女との時間を大切にした。
クリスマスは生まれて初めて愛する人とロマンティックに過ごした…
新しい年を一緒に迎えられる幸福感も俺は知った…
カップル対象のイベント事に全く興味が皆無でそんな日は決まって“喧嘩祭り”“爆走上等”だった俺は世間の連中がこんなにもイベント事を何故重んじるのかを初めて理解した気がする…
毎日俺達二人は狂った様に愛し合った…
広瀬夫婦の家にも直美さんと二人で行った。
想いが通じ合った事と今後の報告を兼ねて…
奥さんが予想していた以上に直美さんが美人だったらしく…
「いいの?この坊くんは女心テスト0点なのよ?」
と直美さんに言っていたのが印象的だった(笑)
直美さんは奥さんに…
「女心なんて解らなくていいんです…私はこの人の純粋さと才能を信じてついていくだけですから…」
と言っていた…
その言葉は俺の新たな生きる糧となった…
何故ならここまで無条件で俺を信用してくれる人等今迄居なかった…
札つきのワル…いつも俺は色眼鏡で見られていた…
今迄はそんな事に陶酔もして気分も良かったがまだ何も無い目にも見えない俺の可能性を信じてくれる直美さんがとにかく嬉しかったのだ…涙が出るくらい…
奥さんは更に…
「そもそも最初は坊くんのどこが良かったの?」
と直美さんに食い下がる…!
確かに!
そういえばそれは俺も是非聞きたい所だった!
すると…
「え〜と………どこだったかしら?」
えぇ!?
そうなの!?
結局その話はそこで終わっちまった…(笑)
二人になった時にその事を聞いても「秘密」「忘れた」「記憶にございません」と言って教えてくれなかった!
それは未だに解明されぬ俺にとっての永遠の謎だ。
そんな時だった…
本田が二人で飲もうと突然言ってきた。
思えば全てのきっかけは本田だった…
中坊からのマブダチ…
俺はコイツに会いに来たのがきっかけでこの温泉街に居ついたのだ…
「こうやって二人だけで話すのって久しぶりだよな」
と本田に告げると
「そうだな…まさかオマエと板前やるなんて思ってもいなかったなぁ…色んな事がありすぎたけど…まさかあの鬼畜のオマエが一人の女にハマったり、ましてやドラマーを目指すなんてな…直美姉さんってスゲェ人だと思うよ…この世であの人くらいだろ?オマエの事コントロール出来る女なんて…」
いつの間にか本田まで姉さんと呼んでいやがった(笑)
しかし一番俺を知る男である…
何しろ一番凶悪な中学時代を共に過ごしたマブである。
銀蝿のコピーバンドも本田と一緒にやった。
縦社会が嫌で何処かに属してなんかたまるかと中坊で俺が族を作った時も参謀役は本田だった…
様々な悪事や暴力の限りをやってきた俺達…
今迄を振り返ると必ずそこに本田は居た…
本田は更に語った…
「オマエと居ると本当に退屈しなかった…いつも必ず何かしらヤらかすしツルんでて楽しかったよ。でも…この辺が俺達の別れ道なんだろうな…」
と涙をこらえながら語る本田…
「そうだな…悔しいけどそれが大人になるって事なのかもしれねぇな…俺は…本田…オマエに感謝してるんだぜ…俺の一番の理解者はいつもオマエだった…そして…オマエを尋ねて来なかったらここに来て色んな出会いも経験もする事が無かった…」
すると本田は
「気持ち悪ぃな…!でもそんなの俺のお陰でもなんでもねぇよ。よく解んねぇけど必然だったんじゃねぇの…?」
と言うから
「何だよ?難しい言葉使っちゃってよ?意味解って言ってんのか?」
「うるせぇよ!」
と笑い合った。
そして本田は…
「俺もいつかは東京にまた戻って自分の店持つつもりでいるからよ。オマエがプロのドラマーになったら直美姉さんと打ち上げとかで食いに飲みに来てくれよ」
その言葉を聞いて俺は涙をこらえ本田に言う…
「離れてても俺達はマブだぜ…?」
「あぁ…ジジィになってもな…!」
俺達はこらえきれずにお互いに涙を流した…
「お互い道は違えど頑張ろうぜ!いつかはまた道が交わる事があるだろうよ。そしたらまたツルもうぜ!」
と俺は言って二人で泣きながら酒を交わした…
途中で忘れちゃなんねぇと山土井も呼んで俺達は三人で飲んだ。
そして泣いた…
何度も酒を交わし笑い泣き語った…
またツルむ日を約束して…
俺等流の別れと再会の約束はやはり拳だった。
次の日直美さんに怒られるのは承知だったがこの男の儀式は譲れなかった…
お互いにまた渾身の一発を殴り合って痛みを分けた…
殴り合って笑い合った…
そして三人で号泣した…
温泉街タメ年三人組の解散だった…
そしていよいよ俺がこの温泉街を去る日が刻々と近づいてきたのだった…