HISTORY
『 酒井 愁 - HISTORY 』

「板前編・"拾われた未来"」


〜第十七章〜



案の定次の日に切れた口元を直美さんに発見された。

「あれ!?ちょっと!喧嘩したの!?」

「違う違う!男の儀式だよ!」

と昨夜の事を克明に話すと直美さんは

「ふ〜ん…男の人のそうゆうのって全く理解出来ないなぁ…」

と言うから

「でしょう!?女には解らない男には男の美学があるんだよ!」

と自信満々意気揚々に言ったら

「調子に乗るな!!儀式も何も暴力には変わりはないんだから!…もうしちゃ駄目よ!約束したでしょ!?」

「はい!ごめんなさい!」

俺はよく直美さんに怒られる…
時に母の様に俺を叱り付けてくれるのだ。
本物の母よりも俺は従順になっちまう…

そして直美さんは急にシリアスな表情になり言葉を漏らした…

「東京で本当に大丈夫…?心配だな…」

そう…
いよいよ俺が板前を辞めてドラマーを目指す為に東京に戻る日が近づいていたのだ…

また「一緒に来て欲しい」と喉から出かかった…
しかしそれはもう話し合って決まった事…
言えなかった…
それは年下の男の精一杯な背伸び…強がり…いや、痩せ我慢だった…。
すると直美さんは…

「やっぱり私…駄目だわ…」

と言いだす…
えっ…駄目って…?と思った瞬間…

「やっぱり私…貴方と一緒に行く…!放っておけない!私の両親に会って…!」

と直美さんは言った…!

彼女の土壇場の電撃決断だった。
勿論快諾する。

次の日の夜に会いに行く事になった。

しかし…

緊張だ…!!

そして自分の姿を鏡で見る…
何処からどう見てもガラが悪すぎる…!
駄目だこりゃ!!

俺は皆に相談した…!
しかしまともな服など誰も持っていなかった!
コーちゃんに至っては真っ白なダブルのスーツと黒のインナーしかも白いネクタイを見せて…

「キメる時はこのスーツって決めてるんだが…駄目…?ねぇ…これ駄目…?駄目だよな…やっぱり?」

と言うあるまじき状況に陥る…
こんな時助かったのがスタイリッシュな広瀬さんの存在だった!
服を見立ててもらい借りて何とか普通の人間に見える様にしてもらった!
七五三の様だとそこにいる全員が笑ったが背に腹は変えられねぇ状況だった!

「坊!髪は七三!絶対メガネは必需アイテムだぞ!インテリに見える!」

とコーちゃんがどこから仕入れて来たのか謎のダテ眼鏡を俺に渡し俺は言われるがままポマードで七三にし眼鏡をかけてみる。
やはりそこに居る全員が爆笑!

「ちょっと!これはねぇんじゃねぇ!?マジでどう!?」

と言うと本田と山土井が

「なんか俺、商社マンに見えてきた!」

「俺にはエリート会社員にしか見えない!」

と明らかに笑いをこらえながら答える。

コーちゃんは…

「坊!スゲェ頭良さそうに見えるぞ!何処か面接受けたら顔パス出来る!」

と吹き出しながら語ってやがる。
広瀬さんは終始苦笑いだ…
この連中はきっと俺で遊んでる違いないと悟ったがやはり背に腹は変えられねぇ!
言われるがまま従うしかないっ!

「ねぇ!ちょっと!俺の人生かかってるんだけど!?」

と言ってもニヤニヤしながら

「任せろ任せろ」

と言うだけだ…

しかし従うしか道は無かった…

そして初めて直美さんの家に俺は行く…
大きめな一軒家…
やはり彼女は堅気のお嬢さんであった…

揃えたての服とダテ眼鏡、リーゼントのヴォリュームを最小限に押さえ七三に分けた不自然なよそ行きの俺を見て会った瞬間直美さんは大爆笑!

「ちょっと気合い入りすぎじゃ…」

「いやいや!第一印象が大事だからね!」

眼鏡は流石に似合わないししない方がいいと彼女が言うから外しました(笑)

確かに気合い十分で臨んだが実は緊張で体中が硬直していた。

お母様の存在は知っている…
問題はお父様だ!

「あら?随分かしこまった格好なのね」

と笑顔でお母様が出迎えてくれる…
家の中は普段荒げた世界にいつも居る俺には眩しすぎる程の綺麗な光景が広がる。
奥に通され俺が正座して待っているとお父様が現れた!

「どうも…」

「あ、あぁ…は、はじめまして…!じ、自分…さ、酒井愁といいます…ぢゃない申します…」

しどろもどろだ…

「お父さん。私、彼と東京に行って彼の夢を支えたいの」

な、直美さんっ!
いきなりっスか!?

「君、歳は幾つだ?何者だ?」

世間話や和む間もなくいきなり切り込まれてしまった!
いきなり爆弾を投下された感じ!
喧嘩でスゲェ強い相手と対峙した時よりも遥かに強いプレッシャーだっ!

「じゅ、17歳です…ホテルで板前をしています…自分のやりたい事が見つかったので東京に行き目指そうと思ってます…」

すると…

「高校は?」

「中退しました…」

暫らく息の詰まる沈黙が続き窒息死しそうになる…
意を決して俺は口を開いた…

「俺…いや…ぼ、僕は高校中退です。何の目的も無く辞めて此処に辿り着きました…ぼ、僕は底辺の人間でした…喧嘩ばかりしてましたし生きる目標もありませんでした…!そんな時にお、お嬢さん…な、直美さんと出会いました。直美さんと出会って色んな事を教わりました。人を傷つける事の愚かさや生きていく事の意味を教えてくれました…僕はドラマー…ミュージシャンになろうと思ってます。その生きる目標に導いてくれたのも直美さんです。何よりもこんな僕に人を愛する事がどれだけ大事な事なのかを教えてくれた彼女は僕にとって女神なんです。僕はずっと自分の事が大好きで自分の事ばかり考えて生きてきました。人と人とのふれあいや支え合いがどれだけ大事な事かを知りました…彼女は自分以外自分以上に守っていきたいと思える唯一の女性なんです。彼女を幸せにしたいと思っています…!一緒に東京に行く事を許してもらえないでしょうか!?」

と頭を下げた…

直美さんも話しだす…

「彼がまだ17歳なのは解ってる。彼がプロポーズしてくれた時も18歳になるまで待ってそれまでは私は此処に留まるつもりだった…宝石の勉強も勿論あるし…店の事もあるし…でもやはり彼を放っておけないの…愛してるの…彼を支えたい…一緒に行きたいの…」

少し間を置くとお父様は…

「プロポーズ…?」

とギロリとこちらを見て漏らした…!

一瞬…いや…完全に怯んだ俺はビビって頭の中が真っ白になりかけるが何とか気持ちを立て直す…

「は、はい…!か、彼女にプロポーズしました…彼女と一緒に人生を歩んでいきたいと思っているので…」

すると…

「…酒井くんと言ったね…」

とお父様が口を開いた…!

「は、はい!」

「君は夢と現実と言う物をしっかりと見据えているのかね?君が直美の事を想う気持ちは解ったよ…直美も君の事を想ってる様だ…君は直美に色々な事を与えて貰ったと言った…じゃあ君は?君は直美に何か与える事が出来るのか…?東京に君と行かせてみすみす苦労する事が解ってる娘を黙って行かせる親を君はどう思う…?」

更に話を続ける…

「君はまだ若い…若すぎる程若い…愛は与えられるだけじゃ駄目だ…与える事も出来る男になりなさい。二人が付き合う事は百歩譲って認めてもいいだろう…でも直美は今は東京には…君とは行かせない。直美は君を放っておけないと言った。君は女が放っておけない程何も出来ない男なのか?直美が自分の夢を犠牲にしてまで君に、君の夢に尽くす価値があるのか?それを私に見せなさい。君は直美を幸せにしたいとも言った…どうやって幸せにするんだ?想いだけでは人を幸せになんか出来ないぞ。今は君は一人で東京に行って夢と現実の基盤を作ってそこで直美を迎え入れるべきではないのか?君が何かを…直美に与える事が出来る男になった時に…生活も安定させた時に迎えに来なさい…それが出来ないような男には直美は…ウチの娘はやらん!」

物凄くお父様はジェントルマンだった…
そして説得力が半端じゃなかった…

「お父さん…でも…!」

反論する直美さんを俺は制止した…
完全にお父様の言う通りだった…
いつの間にか俺は直美さんに甘えていた…
きっとこのまま二人で行っても彼女に甘えて彼女に寄りかかってしまうだろうと俺は思った…
そんな情けない事では惚れた女を幸せになんかできるわけがない!…と。
きっと二人共駄目になってしまうかもしれない…とも。

「おっしゃる通りです…返す言葉もありません…解りました!俺も男です…!一人で東京に戻ります!必ず東京で直美さんを迎え入れる支度と資格を得たら娘さんを頂きに参上します!」

と頭を下げた。

直美さんにも俺は言う…

「直美さん…俺…甘えてたよ…1人で東京に戻って生活も安定させて夢の基盤もきちんと作る…もう年齢の問題じゃないかもしれないけど…必ず…必ず貴女を迎えに来るから!そしたら結婚してください…!」

彼女は泣いてうなずいていた…

直美さんの両親に一礼して俺達は家を出た…

「私が居なくて平気…?喧嘩しない?暴れない?」

「大丈夫だよ…そりゃ…不安だけど…でも俺…頑張るよ!俺…今は誰よりも早く大人になりたいんだ…貴女が誰にも恥じる事の無い様な男に…だから喧嘩しないよ…。それに交際を正式に認められたし…俺も会いにくるし直美さんが東京に来るのも認めてくれたじゃない…?」

そして俺は…

「お父様に凄い男気感じたよ…それは絶対に裏切れないよ…!頑張るよ!」

すると

「ねぇ…?」

と直美さんが問い掛ける…
いつもと少し様子が違う…

「どうしたの…?」

と問い掛けると…

「浮気しない…?」

ドキュンだった!
思えばこんな事を言う彼女は初めてだったのだ…!
少し恥ずかしそうに俯きながら俺を見つめる…

するわけがねぇ!!!

「しないよ…こんなに愛してるのにするわけがない!他の女とか考えられない…!」

「良かった…」

とまた彼女は恥ずかしそうに言った。
その姿を見て更にドキュンときた俺は彼女を強く抱き締めた。
初めて歳の差を感じさせない瞬間だったのだ…
いつも気丈で俺に色んな事を教えてくれる…救ってくれる…守って導いてくれる…
時には母の様に俺を叱り付けてくれる直美さんもやはり一人の女の子だったのだ…
たまらなく俺は愛おしくなった…

そして俺は夢を実現させるにはそこに現実が伴い決して甘くはないのだと言う事を突き付けられたのだ…
夢を追う事への覚悟の甘さを痛感して揺るぎない思いを固めようと決意していた…
新たなる戦いを前に身も心も引き締まる思いであった…
そしたら…

「プッ!」

と吹き出した直美さん!

「何か緊張が解れたら急にその七三が可笑しくて!」



キメ所だったのに台無し(笑)

そして…


俺が東京に戻る日がとうとうやってきた…