『 酒井 愁 - HISTORY 』
「板前編・"拾われた未来"」
〜第二章〜
幼少の頃から何かと縁のあったこの温泉街…
現在では駅の近辺も大きなデパートが出来たりして開けた感を醸し出してはいるが当時は何もなかった。
駅前も閑散としていた。
実はこの俺がこの温泉街自体に降り立つのは二度目であった。
一度オフクロが体調を崩した際に療養も兼ねてこの温泉のホテルに滞在した事がありそこに顔出した覚えがあった。
その時の坊っちゃん刈りの可愛い少年は時を経て変わり果てた姿で同じ場所に立っていた。
激しくパーマをかけたリーゼントにダブルのスーツに白いエナメル靴である。
今となっては信じがたいセンスだがよそ行きの格好と言ったらこれしか無いのである。
こっちも真剣だ!
中坊の頃からのマブダチに失礼があっちゃ遺憾!
ビシッと決めて行かねぇとヤツの男を下げかねねぇ!
今思い返せば時代背景があるにせよこのズレた感覚は狂人である(笑)
ダチの名は本田と言う。
中学時代はなかなかの狂犬で二人でツルんでよく喧嘩をした。
中学時代に一緒に世の中の悪事をやり尽くした感があるくらいのマブダチだった。
本田が働くホテルに電撃訪問する。
すると奴は仕事中で手が放せないと言うではないか。板場の人間が休憩する部屋があるからそこで待っていて欲しいと言う。
そこで暫し待つ事にした。
無造作に漫画本が乱雑する小汚いその部屋で寝転がり漫画を熟読しながら待っていると激しくパンチパーマをあて後頭部にまで至るくらいの剃り込みが入った屈強な男が入って来て
「オマエ!何やってるだー!」
と俺を一喝する。
負け知らず礼儀知らず怖いもの知らず…要するに世間知らずだった俺様の俺は
「テメェ!オマエって俺の事か!?」
と全ての言葉を言い終わる前に鉄拳を食らう。
先手必勝の俺よりも先に手を出され出鼻を挫かれた俺は一気にマウントポジションを奪われる。
スゲェ体重と力で動けねぇ!
ボコボコになる手前で親方なる奴が現れ助かる形に…
本田も駆け付ける。
とんだ再会となったが俺は納得いかねぇ。
しかしあのままだったら確実に負けていたに違いない…
喧嘩にはルールが無い。
どんな卑怯な手を使っても勝てばいいのである。
しかし得意の奇襲と卑怯技を繰り出す事無く今のは完全に負けだ。
今まで生意気だとしょっちゅう年上の連中から的をかけられ呼び出し囲みを何度もかけられた俺だが決して大敗を屈した事等無かった。
そう…硝子のブライドは既にひび割れ始めていたのである。
すると事もあろうかその親方は
「暇なら手伝え。飯くらい食わしたる。」
と勝手に俺の白衣を用意し始める。
この親方なる男も尋常では無い威圧感を放っている…勿論やる事ない俺だ…
この時点で生まれてこの方働いた事等一切無い俺…
しかし本田の説得も手伝い仕方なく白衣に着替える。
どうせこのパンチ野郎は絶対殺すと思っていた所だ!隙を見つけて殺ってやると野望に胸膨らます。
本田が俺に耳打ちする…
「ここは地元じゃねぇ…元本職なんてザラ。もっと元ヤバイ奴等なんてのもな。ヤベェぞ…街のツッパリくんと喧嘩するレベルで物考えんな。ある意味プロだぞ。殺られんぞ!」
本田…
貴様も丸くなったもんだな…失望させんなよ。
いつまでも俺達は尖っていようぜ!…と思った次の瞬間チラッとそのパンチ野郎の手元を見ると…
小指無いっ!!
流石に馬鹿な俺もようやくヤバイと感じて言われるがまま板場に行く事となる…
酒井愁 16歳の初夏である…