『 酒井 愁 - HISTORY 』
「板前編・"拾われた未来"」
〜第四章〜
いきなり思いっきりきな臭いフィリピンパブに連れていかれる。
隣に座るフィリピンの女はどの女も二言目には
「結婚して!結婚して!」
と国籍目当てで執拗なまでに迫ってくる(笑)
遂には
「上でやろ!上でやろ!」
と恐ろしい…
コーちゃんもアキラくんも
「坊!上で種まきしてこいや!」
と煽りまくる(笑)
既にエロの鬼神であった俺もさすがに逃げまくる。
コーちゃんとアキラくんにいきなりフィリピンパブでの歓迎?洗礼?を受けた俺は次の日も板場に立っていた。
板前の朝は早い。
今考えればよくも朝5時や6時から起きて活動していたなと感心したりする(笑)
不思議な事に親に勘当され家出して流れ着いた経緯等は誰も一切聞いて来ないのだ。
威勢のいいけん坊のダチの坊が来たくらいにしか思っていないのだ。
ずぼらなのか寛容なのかサッパリ解らないまま仕事をさせられる。
勿論、あれ持ってこいこれ持ってこいの雑用ばかりだが…
後に知る事になるがこういった温泉街の流れ板前の世界ではお互いの素性に踏み込まないのが暗黙のルールになっているらしいのである。
事実、偽名も多いし突如蒸発する奴も多い。
コーちゃんも金子くんもアキラくんも偽名であると俺は後で知る事になる…
数日一緒に居てとにかくよく解ったのはコーちゃんとアキラくんはハンパなく尋常じゃなくヤバイって事だった(笑)
当時は携帯も無い。
ドン引きされ消えた彼女に電話しようと電話ボックスに入っていると向こうからノーヘルでバイクがやってくる。
コーちゃんだ。
こっちを見つけたらしく電話ボックスに向かってくる。
そしたらそのまま電話ボックスに突っ込んで来た!
電話ボックスのガラスはバリバリ。
そして冷静に一言
「坊、何やってんだ?」
アンタが今俺をひいたんだよ!!(笑)
そのバイクは後にも先にも乗っているのを見た事が無い。
コーちゃんの喧嘩を一度目撃してしまったのだが鬼畜そのものだった…
相手は3、4人だったみたいだが俺が駆け付けた時には既に佳境で戦意喪失してる相手の歯が見える所全部無くなるまで殴り続けていた。
見るんじゃなかった(笑)
あれはある意味ホラーだ(笑)
休憩時間にパチンコしてたらアキラくんが入って来て俺の列に気に入らない他のホテルの板前が居たらしくパチンコ台に相手の頭をいきなり打ち付け始めた。
相手の顔面に釘刺さってた気がする…
唖然とする俺を見つけ物凄い冷静に
「坊、遅れんなよ」
と言って出て行った…
これもある意味ホラー(笑)
何故この人達は捕まらないんだろうといつも不思議だった(笑)
やはり十代のツッパリくん喧嘩レベルの俺の経験値を遥かに越えた二人に憧れみたいな意識が芽生え始めていたのは認めざるおえなかった。
俺の喧嘩に対する躊躇感なんて子供みてぇなもんだ。
本物はもっと残忍なものだ!
そして一旦コイツは仲間と認識したら滅茶苦茶可愛がってくれるって事が解ったのだ。
そこが俺のこれまでの価値観とは全く違う所。
力や暴力だけでなく人間的にも魅力的だったのだ。
俺は初めてここで“目上の人”と言う認識が出来たのかも知れない。
ある意味生まれて初めて、上の人に対しての脅威も覚えたのかもしれない。
お山のガキ大将は上には上が居るって単純な事をここで学んだのだ。
リスペクトって言葉が簡単に使われる現代…簡単に口走るな!と俺は言いたい…。
それほど強烈だったのだ。
この人達との出会いが無かったら一生目上の人間と付き合う事が出来なかったと言っても過言では無いくらいなのだ。
余談だが消えた彼女が俺の電話に出る事は無かった(笑)
気がつけば一週間、二週間と過ぎて行った。
相変わらず怒鳴られるわ人使い荒いわで何度も殺意を抱いたりするが慣れと言うのは恐ろしいもので不思議と嫌じゃない場所になってきているから厄介なものだ。
最初は雑用ばかりだったが少しずつ包丁も握らせてもらえるようにもなる。
と言っても鍋用の野菜をザク切りする程度だが少しずつ心が踊るのが自分でもわかる…。
無論今まで包丁等握った事など無い。
言うなれば新しいオモチャを与えられた様な気分だったのかもしれない。
そんなある日だった。
板場に電話がかかってくる。
フロントからの内線で板場に外線を繋いで欲しいとの事。
丁度板場に誰も居なかった為俺が電話に出る。
外線が繋がると荒げた男の声が…
「そこに富沢っちゅー者おらんか?」
居ないと答えると更に男は声にドスが増す。
「おい!小僧!隠すと為にならんぞ!」
「いや、いねぇっスから」
と電話を切る。
実際に居ないから。
休憩室に行くと全員居たからさっきの電話の件を伝える。
次の日…
寡黙な金子くんが来ない…しかも誰もその事に触れない。
あたかも金子なんて人間が居なかった様な雰囲気だ。そして金子くんが板場に来る事はもう無かった…
元何なのか丸出しのコーちゃんやアキラくんよりもひたすら寡黙でそしてその都度キレそうになる俺を秘かに止めてくれていた金子くん…
全身に入った刺青を見られないようにこっそり着替えたりするんだがバレバレの金子くん…
決して自分を最後まで語る事無く去っていった金子くん…
一度だけ休憩時間に本田と三人で話した時に
「ゆくゆくは自分の店を持ちたいんだ」
と夢を語ってくれ珍しく笑ってた金子くん…
金子くんが富沢くんでも何でもいいんだ…
その夢は捨てないで欲しいとガラにも無く願った俺だった…
何があったか知らないが生き延びてその夢を叶えて欲しいと…
それは今でも願ってる…
そしてそんな事があった数日後、俺と本田とタメの別のホテルの板前と俺達は遭遇し激しく衝突するのである。