『 酒井 愁 - HISTORY 』
「板前編・"拾われた未来"」
〜第六章〜
俺と山土井は結局二日間仕事に出れなかったが三日目の朝には強制的に板場に駆り出されていた。
あの頃の免疫力と言うか生命力は今と比べれば超人並みだった気がする(笑)
今だったら余裕で一週間くらいは寝込みたい所だ(笑)
そして温泉街のホテルの板前の中で俺達は異質な存在になっていった。
タメ年三人組の俺と本田と山土井はあの激しい衝突の後ツルむようになったのだが、この温泉街にはいわゆる若い衆が居ないのだ。
特に十代の若人は貴重な存在だった為、俺達は異様にモテた(笑)
モテたと言っても板場に酒を取りにくる芸者や飲み屋の女や国籍を欲しがる外国人と言ったある種特殊な方々ばかりだが(笑)
しかし芸者は若くから修行に入る奴等も居てそういった十代や二十代前半の女達を片っ端から節操無く見境無く乱射しまくる猿三匹。
ある意味頂かれていたと言っても過言では無かったりするが(笑)
後にこれが大きなトラブルに発展するとはやりたい盛りの若干十六歳の猿達は思いもしなかった…
そんな事ばかりやっていた訳じゃございません。
夜には包丁練習会と言うのをコーちゃんとアキラくんが開いてくれたりして少しずつ包丁を扱えるようになる。
桂剥きもここで教えてもらいカボチャで亀と言ったテクも練習するようになる。
山土井は地元千葉から単車を持って来ていた。
YAMAHA RZ350…通称“青い流れ星”名車である。
借りて流したり2ケツ3ケツであらゆる所にRZで移動した。
ある日の午後に米沢親方に呼ばれる。
するともう一人そこに親方風の大男が立って居た。
「坊主、この人は五味さんだ。すぐ近くのホテルで親方をなさっている。今日からオマエは五味さんの板場を手伝ってくれ」
また物凄い威圧感があるオヤジだっ!
米沢親方とはまた違うただならぬ雰囲気を醸し出す男と言ったところか…
折角慣れてきたここを離れるのが嫌な気持ちもあったが断る道理も無いので承諾する。
本当に徒歩5分とかからない場所にそのホテルがあった。
板場に行くとお決まりのパンチパーマの男が居る。
見慣れた光景だ。
もはや何とも思わない。
すると板場には似つかわしくないスタイリッシュな男に目を奪われる。
No.2の広瀬さんと言う人だった。
きっと昔はこの人もグレてて暴れん棒だったに違いない匂いは感じたが、明らかにコーちゃんやアキラくんやその辺のパンチ野郎とは方向性が違う匂いだ。
音楽性で言ったらあの二人は演歌だが広瀬さんはキャロルやクールスと言った所か?
「坊主、これに記入せい」
何だかわからんがその殺し屋の様な五味親方の空気に飲まれてか言われるがままに記入する。
記入し終わると
「オマエは今日からここの社員。ホテル内の寮に住め。給料は月8万」
「あぁ?んな事聞いてねぇよ!」
「お袋さんも同意の事だ!」
オフクロねぇ…
オフクロだぁ!?
そして俺は事のからくりを知る事となる。
俺がやってきたあの日、米沢親方は本田から俺の素性と電話番号を聞きその日にオフクロと話していたと言う…
要するに俺は悟空だ…
全ては釈迦の手の平で踊らされていたのだ…
「お袋さん、泣いて米沢さんにお願いしますって言ってたらしいぞ」
この一言がまた余計俺を惨めな気持ちにさせた。
どんなに意気がっていても所詮は大人に操作されてるガキ過ぎる自分自身を呪った…
自分の人生だ。
自分の好き勝手に生きて何が悪い!
生きるも死ぬも関係ねぇ!
いい加減で楽観的な気持ちながらもそのくらいの信念や覚悟はあったつもりだった。
そのつもりで俺は家を出た筈だ…
しかし離れていても誰かに心労かけて迷惑をかけてるって事は何一つ変わらない…
情けなかった…
そして段々ムカついてきたのだ。
一瞬で何もかもどうでもよくなり
冗談じゃねぇ!
もうケツまくってやんぜ!と若さ必殺の全投げ出しを思い立った次の瞬間親方が俺に焚き付ける一言を言う。
「どうした?逃げるか?」
とにかく“逃げる”と言うキーワードに敏感な俺だ。
「逃げる?ふざけんな。やってやんよ。」
そして俺はまんまと本当の意味で正真正銘の板前になっちまったのである…。