HISTORY
『 酒井 愁 - HISTORY 』

「板前編・"拾われた未来"」


〜第八章〜



俺の昼の休憩時間の自由を少しでも減らそうと言う目論見があったかどうか定かでは無いがある日俺は天麩羅の係に抜擢される。

勿論このホテルでも朝が早い。
俺が寝泊まりする寮はホテルの敷地内にあり俺の隣は番頭のジィさんや仲居のバァさんだったのだが隣のバァさんのドでかいお経読みで一日が始まる。
それでも俺が起きれねぇ時は番頭のオヤジが窓を叩き壊す勢いで起こしてきて発狂して一日が始まるのだ。

朝は大抵五時半か六時。
通いの親方や広瀬さんやパンチの佐久間くんが来るのが八時。
それまでは板前は俺しか居ないのだ。
朝食メニューを用意するのは俺、番頭、仲居で協力しながらやるのだが朝からこの俺が機嫌が良い訳無いのである。

「テメェ!この糞ジジィ!うるせぇ!この糞ババァ!」

と罵倒の嵐だが全く動じない鋼鉄の心を持つ連中は

「人を馬鹿にする奴の方が馬鹿者だ」

「そうだそうだ。」

と結束力が固い。
そしてすぐに親方にチクるから厄介だ。
奴等がチクると俺は親方の鮮やかな投げ技の餌食となる。
それを見て奴等は

「くわばらくわばら…」

と言ってテメェ等がチクったからそんな目にあってるのにまるで無関係な面してやがるから尚腹が立つ。
これはほぼ毎朝のお決まりの光景と化す。

そして通常なら十二時前には昼休憩となり三時過ぎからまた仕事が再開されるのだ。
しかし天麩羅係になった俺はこの昼休み中も仕込みをし続けないと間に合わないのだ!
何しろ200人前以上を1人で揚げなくてはならない。季節によって変わるが俺が揚げていたのは海老二本、鱚、蓮根、芋、ししとうの盛り合わせだったと記憶している。
それを200人前以上…!

フライヤーで揚げるのだが勿論市販の天麩羅粉等は使用しない。
衣を最初から造るのだがこれが毎日同じバランスで作るのが厄介だった記憶がある。
仕込みも勿論1人でやる。
衣も当然で、タネと呼ばれる天麩羅の具等もだ。
海老の背ワタを取って伸ばしたり、鱚を捌いたりも俺が1人でやらされた。

天麩羅には“華を咲かせる”と言う技?儀式?をしろと広瀬さんから教わる。
“華”と言うのは素材を衣に潜らせフライヤーにブチ込んで油の温度と時間を見極めた後にそのまま油から上げるのではなくもう一度衣を付けて暫し油に付け上げる事。
見た目や食感をカラッとさせる為らしいのだ。
広瀬さんはそれを箸でやるようにと教えてくれた。
暫らくそれでやっていると佐久間くんがやってきて

「それだと効率悪いぞ!手に衣着けてそれを油に近づけて手でそれを弾いて華を咲かせろ!」

と言うからあーそーかい!うるせぇな!とそれでやり始める。
熱いわ油ははねるわで危険だが確かに効率は良さげだ。
暫らくすると親方がやってくる。
すると…

「オイ!坊主!何たらたら華咲かせてんだ!こんなもん手に衣着けて手を突っ込め!!」

と言って衣をつけた俺の手を油に突っ込みやがった!!

「ほれ大丈夫だろが!」

「ふざけんな!統一させろや!てか好きにさせろや!糞オヤジ!」

とキレると高らかに笑いやがる鬼オヤジ!!
何がムカつくってそれぞれ親方や兄弟子が教えてくれる事にいちいちバラつきがあるって事だ!
いつもそのバラつきで発狂してた気がする。

こうして昼休みの時間を自由に使えなくなった俺は物凄い反動で夜になると本田と山土井とツルみ培った鬱憤を全て晴らすかのように暴れまくった。
喧嘩に女にやりたい放題だ。

そんなある夜…

仕事を終えて着替えて張り切ってホテルを出ると4〜5人の屈強な奴等に囲まれ殴られ車に押し込められる…

俺は目をつけられてしまったのだ…
地元の本職さんに…

そして俺は拉致られた…