HISTORY
『 酒井 愁 - HISTORY 』

「板前編・"拾われた未来"」


〜第九章〜



拉致られた俺はすぐにこの男達の正体が一体何なのかの察しはついていた。

しかし基本まだまだ人生も社会もナメきってるから「ヤバイ…」と真っ先に恐怖を感じるよりも「やっぱ本当にこんな事ってあんのか…スゲェな…」と言う好奇心の方が勝っていた。
突き付けられたドスらしき物も「どうせ刺しゃしねぇだろ」とナメきってたくらいだ。
すると勝手に頭の中で様々なイメージを想像する。

「こうゆうのってやっぱ何処か廃棄工場かなんかに連れて行かれて鎖で縛られて拷問されちゃったりしたりすんのかな」

今思えばこんな事態にそんな事考えてる余裕があるとは馬鹿通り越して救いようが無い…

そんな俺の予想とは反してある建物の一室に押し込められる。

「小僧…ちょいとここで頭冷やせや…」

ガキの俺でもすぐに認識出来る程解りやすい風貌の若頭風の男の声が低く響き渡る。
そしてその男以外部屋から出ていく…
その若頭風の男が更に俺に言う。

「ちょいとばかし目立ち過ぎちまったな…ガキ同士喧嘩するくらいなら構わんがウチが目ぇかけてる大事な芸者達に手ぇつけるのは感心出来ねぇな」

と言って一発殴られる。

ナメた反面既にこの時点でもう俺はヤケクソにもなっていた。

「何だよフクロにしたりしねぇのかよ!」

「威勢がいいな。ガキの喧嘩じゃあるまいしそんな事しねぇよ。ちょいと大人しくしてもらいてぇんだよ。示しがつかねぇからな。どうだ?オマエが詫び入れる気になるまでここに居てもらうってのは?」

と言ってまた一発殴られる。
一会話一発って感じだ。
しかもいちいち拳が重い。

「詫びって何だよ」

「ガキ過ぎてそんな事も解らんか?」

と言って一笑されまた殴られる。

どうやら的をかけられたのは俺だけみたいだ。
そもそも本田も山土井もこの温泉街で真面目に働いていたのである。
俺がやって来てから三ヶ月強くらいか…俺が現れて目に余る行動が目立ち始めた事から俺が元凶、俺がリーダー格と判断したらしい。

「じゃあ他の奴等には手ぇ出してねぇんだな?」

「あぁ…出さねぇよ。暫らくオマエが大人しくしてくれたらそれでいい。オマエは疫病神だな小僧…土下座でもしてみるか?したら帰らしてやるって事考えてやってもいいぞ」

と言ってあざ笑う。
土下座なんて当時の俺の中で最もあり得ない事だった。
死に匹敵するくらい。
大袈裟な様だが所詮何も無い自分である。
その意地だけはプライドだけは守らないと自分が自分で居られなくなる気がしていたのだ。

「するかよ!」

「馬鹿もここまでくると天然記念物ものだな。ホレ…」

と鈍い光を放つドスを机に突き立てる。

「小僧…オマエに考える時間をくれてやる。その足り無さすぎる頭で筋を通すって事がどう言う事かって考えろ。そいつを好きに使っていいぜ?」

そんなハッタリでビビってたまるかと言う思いとマジか?いや…マジでするわけねぇだろ?と言う思いが交錯しながらも折れかかる心を何とか奮い立たせる。

「あ!?知るかよ!」

「そうか…馬鹿が…じゃあ暫らく此処に居ろや…」

最後に思いっきり蹴られ若頭風の男は出ていった。
恐怖を感じていなかった訳では決して無い。
寧ろ生まれて初めて感じる恐怖をヒシヒシと感じてはいた。
しかし当時の俺は現実を深く直視する回路が欠如していたのであろう…

窓も無い鉄扉の部屋はとても…

快適だった…!

エアコンも付いてて飯も与えられた。
便所もご丁寧に付いてたりする。
何しろ仕事しなくていいからゆっくり眠る事が出来た。
不便なのは煙草が切れちまった事くらいだ。
チョロい…チョロすぎるぜ!
大馬鹿な俺はようやく芽生えた恐怖も危機感も日に日に薄れていった。
仕事サボれてラッキーかも?ぐらいの事すら考え始めていたくらいだ。
こんな事くらいは潜り抜けて後で武勇伝にしてハクつけてやんぜ!等の糞みてぇな事も考えていた記憶がある…

何日此処に閉じ込められたか解らないがある日…

「小僧…帰っていいぞ。もうちょい世間の仕組みって奴を勉強するんだな…オマエは根性はあるみてぇだが今のままなら只の馬鹿だ。自分も周りもやがて殺す事になる。その馬鹿さ加減を呪うんだな。」

と引っ掛かる一言を若頭風の男は最後に言い放ち俺は解放された…

ほ〜らやっぱチョロいぜ!

半浮かれで歩いて帰ろうとする途中の道に親方二人や広瀬さん、本田と山土井そしてコーちゃんとアキラくんが立っていた。

「何だよ、全然大丈夫だっつーの。本田、煙草くれや」

とヘラヘラしながら歩み寄り受け取った煙草をふかしていると本田も山土井も真っ青な顔してる…
そしてすぐに異変に気づく…

コーちゃんの右手の指先に包帯が巻かれている。
明らかにその包帯の長さが他の指の長さとは異なっていて血が滲んでいる…
俺は持っていた煙草をポロリと落として…

「コーちゃん…それって…」

「ん?あぁ!どうせ動いとらん指じゃ!関係ねぇよ」

ここで全てを知る…
無傷で勘弁してもらえる訳無かった…
小僧すぎる俺が詫びを入れない…いや…入れられない代わりにコーちゃんが…
俺の代わりにコーちゃんが詫びを入れたのだ…

俺は最低だ…!

ついさっきまで何もかもチョロいと世間をナメきってヘラヘラしていた。
この糞みてぇなプライドを捨てられねぇ出会って三ヶ月くらいのこんな俺の代わりに…
現実を深く受け止め様ともせず自分が起こした不始末の責任をとろうともしないこんな俺の代わりに…
筋を通して詫びを入れてくれたコーちゃん…
そこに真の男の姿を見て恥ずかしくなり申し訳なくなり世間を知らなさ過ぎた幼い自分にも悔しくて腹立たしくて情けなさすぎて泣けてきた…

「すいませんでした!」

俺は生まれて初めて土下座をした…
こんなに泣いた事なんて今迄無かった。
何度も地べたに頭を擦りつけて土下座した…
涙が止まらなかった…

「坊…頭上げろや。済んだ事だ。」

それでも頭を上げられなかった…

そして初めて知る社会の仕組みの本当の恐怖が俺の全身を襲った…

若頭風の男が言った意味がやっとこの時解った…

俺は只の馬鹿だった…

いや…

疫病神だった…