『 酒井 愁 - HISTORY 』
「インディーズ編・"選んだ道は渡り鳥"」
〜第二章〜
JACK BLUEで初めてのデモテープを録る事になった。
とはいえ街の練習スタジオでよくある“君のバンドのデモテープを録音しちゃおう!”レベル。
井沢さんと佐野のツートップによる勝手な選曲により3曲録る事になったのだがこの3曲がまた嫌いだった(笑)
「愁は一番年下だしキャリアも井沢さん達に比べたら無いに等しいんだから先輩達の意見に従ってみたら?」
と直美さんに助言されてある程度の事は委ねてみる事にしたのだ。
今、書きながらこの時録ったデモテープを聴いてみたんだが…
酷…くもなかったな!(笑)
シンプルながらもドラムとしてキチンと成立していやがった。
聴くまでは恐怖だったが聴いてみたらまともでガッカリしたりしました(笑)
殆んど一斉に録って歌とかだけ後録りしたそのレコーディングはとにかくライブなんかよりも緊張した。
チューニングも適当だし音作りなんて事も解らない俺は井沢さんや佐野に言われるがままそこに居た(笑)
当時俺はバイト先でも一緒だった井沢さんにはある意味公私共世話になっていて不思議なリスペクト感を感じていた。
実の兄貴にも感じた事の無い、そしてコーちゃんとも違うリスペクト感…
初めて会った長髪のカッコイイ人、俺をバンドに初めてドラマーとして誘ってくれた人…
ある意味音楽での兄貴的存在として感じていたと思う。
だからその兄貴のマブである佐野に対して妙な敵対心を俺は持っていたのかもしれない…
出来たデモテープを家で聴くと更に音は劣化していて全体の音が籠もりまくり。俺は何故か直美さんに言い訳をしまくり。
「あのね、これはね、もうちょい良い音で録れた筈なんだけどさ、あれぇ?」
…と。
でも直美さんは
「でも愁が叩いてるって解るね。貴方には貴方の音があるんだね。それはきっと凄い事だよ」
と真剣に言ってくれて俺は救われたりした。
ある日…
楽器屋にいつもの様にバイトに行くと、俺が居る中古フロアに一際目立つ奴が場所を陣取っていた。
ドラムセットだ!
シルバーの鏡の様なフィニッシュのそいつは、とにかく今迄見た事無いくらい巨大で、そして膨大な数のドラムセットだった。
口径が26インチで深さが20インチと言った最大級の大砲の様なバスドラムが二つ。
フロアタムがこれまた二つ。
タムは五つ!
野坂さんに聞いてみたら先日中古で入ってきて検品を済ませ今日から売りに出すと言う。
完全に…
完全に一目惚れだ!
野坂さんに聞く…
「もしですよ?もし俺がコイツを買うと言ったら幾らで売ってくれますか?」
すると…
「酒井くん買うの?そうだなぁ…五万でいいよ!」
ナヌーッ!?
五万!?
ありえん…
しかし…
貧乏アマチュアバンドマンに五万はデカイ…でもお買い得…
俺は井沢さんにはこの事を言わなかった。
きっと井沢さんは何も言わないだろうがJACK BLUEでは必要ないと思い切り微妙な表情が一気に顔に出るのは解ってたからな(笑)
だとしても…
買ったとしても何処に置くんだよ…?
家…?
いや!無理だ!
余りにも巨大すぎる!
色んな事を考え過ぎてその日は仕事どころじゃなかった。
家に帰ると山土井と忍ちゃんが来ていた。
皆で飯食ってる時に俺は直美さんに言った。
「あのさ…俺…今日、一目惚れしちゃったんだけど…」
と言ったら直美さんは
「ハァ!?何処の誰によ!?ちょっと!」
と言う。
「あっ…ちが…」
と反論しようとした瞬間山土井の拳が俺の顔面を捕えた。
「テメェ!見損なったぞ!テメェは姉さん一筋じゃねぇんかい!」
と更に殴ってきやがる!
「違う!違う!ドラム!ドラムセット!」
ようやく話が伝わる…(笑)
熱く熱弁する俺。
「今から必要な物でしょ?買ってもいいわよ。家に置けばいいじゃない?」
直美さんはそう言ってくれたが多分どれだけ巨大な物かピンと来てないと思った俺は一度それを店に見に来て欲しいとお願いした。
数日後、閉店間際に直美さんが店に訪れた。
何故か山土井も忍ちゃんも一緒に来ていた。
どうやら本当に一目惚れしたのが女じゃないのか見届けに来たみたいだ(笑)
俺は子供が母親に欲しいオモチャをねだる時の様に張り切って奴を紹介した。
「ジャーン!これでーす!」
見た瞬間に直美さんの顔色が一気に変わった。
そこに居る全員が絶句…!
「な、何これ…こんなに大きいの?てゆーかこんなに大きい必要性があるの?これは…家に置くのは…無理…!」
ですよね…。
しかし諦められない俺はその後も熱弁を繰り返す。
結果…
バスドラム一個とタム数個は家に。
フロアタム二個は山土井宅に。
残りのバスドラムとタムは雄二の家に置いて貰う事になった。
どうせだからと直美さんの計らいでシンバルやスタンドも店で格安で手に入れて俺は自分のドラムセットを手に入れた。
このセットはプロとしてデビューしてからのAIONのABSOLUTEツアーまで使用してたからかなりの期間愛用していた事になる。
シルバー→迷彩→大理石とフィニッシュを変えていったりしたが基本は同じセット。
この巨大なドラムセットがまた俺とJACK BLUEの溝を深くする事となるのだ。