『 酒井 愁 - HISTORY 』
「インディーズ編・"選んだ道は渡り鳥"」
〜第四章〜
封じられるととにかくその反動からか俺はハードな音楽がやりたくてたまらなかった。
メタルに固執と言うよりはとにかくフラストレーションを溜める事無くプレイが出来る場が欲しかった。
しかし時代にしてガンズ&ローゼス等の成功を筆頭にエアロスミスやハノイロックスの再燃、若手ではジョージアサテライツ等の登場によりバッドボーイズロック…そう!ロックンロールの波が来ていたのだ。
今なら流石にそのカッコ良さも解るし普通に愛聴してたりするが当時の俺にはサッパリ刺さらなかった。
逆に「これいいから聞いてみ?」なんて言われてもアレルギーに近いものがあり体が受けつかなかったりしたものだ(笑)
その時一番メンバーの中で佐野がメジャー志向が強く、一番その辺の嗅覚も長けていた。
日本でもレッドウォーリアーズ等がデビューし成功を収めつつあった頃だ。
そういったバンドを引き合いに出して来て佐野は洗脳にも近い情報を俺の脳に刻み続けていた。
闇雲にプロになる…
その夢とメジャーデビューをする…と言う事柄が今一つ俺の頭の中で一致しないままでいたのだ…。
単純にどうすればプロと言う名のゴールなのかなんて当時の俺には何一つ解らないままだったのだ…
家に帰り直美さんの顔を見てプロになってこの人を幸せにするんだ俺は…と自分の目標を再確認する様に頭の中で唱える。
それは自分の中では解っている事なのだが言い様の無いドラマーとしてのフラストレーションがどうしても拭えなかったのだ…。
JACK BLUEは少しずつ動員も上がって来て本当に小さな記事だが雑誌ににも載る様になって来ていた。
そんな時…
ライブが終わり撤収している時に少しニヤけた男が俺に話しかけてきた。
「少し話しさせて貰ってもいいかな〜?」
馴れ馴れしく話し掛けてきやがる長髪のその男は何回かライブで俺のドラムを見たと言う。
「なんだ?テメェは?」
そう言うと一気にその男は萎縮しいきなり下手に回りやがる。
一番イラつくタイプだ。
典型的なお調子者。
話しだすと調子に乗り、睨みを利かせると萎縮する忙しい奴。
「何度かライブを見たけどもっとハードなメタルがやりたいんじゃない?俺、今迄に無いくらいなハードなバンドやりたくてメンツ集めてるんだよ!で、ドラムは愁ちゃんしか居ないと思ってさ!」
話によると結構顔が広くて色んな奴を知ってると言う…
「ヴォーカルは決めてる人が居るんだ!しかもこのシーンじゃ結構な有名人だよ!」
俺はそいつの胸ぐらを掴んで
「だったらテメェ、そいつ連れて来いや!話はそれからだ。それと…次に俺をちゃん付けで呼んだら殺すぞ?」
と追い払った。
多分二度と顔出さねぇだろ?と思っていたら次のライブの入り時間にそいつが俺を待っていた。
「こないだはごめんなさい。リハが終わってからでいいんでそのヴォーカルの人と会って貰えないかな?」
と言ってきやがった。
別に会うくらいならいいかと指定された喫茶店に俺はリハが終わった後に出向いた。
そこに行くとその調子のいい男と非常に小柄なケバイ姉ちゃんが煙草を吹かしながら座っていた。
俺は…
「オイ!どういう事だ!?まだ来てねぇのかよ!?」
と言葉を荒げると
「いや、この人がそうです。」
あぁ!?
この姉ちゃん!?
俺は完全に馬鹿にされてると思いそいつの胸ぐらを掴んだ。
すると…
「話だけでも聞いて!」
ともはや命乞いにも似た必死な口調に少しだけ耳を傾けた。
説明によるとそのケバイ姉ちゃんはアルカロイドと言うメタルバンドのヴォーカルのANGELだと言う。
アルカロイドは解散してその解散ライブには目黒鹿鳴館に300人以上動員したと言う。
と言われても…
偏見だらけの俺は女とバンド組むなんてありえなかった。
「なんだよ!?エンジェルって!?ふざけてんのか!?大体こんな姉ちゃんが本当にメタルを歌えんのかよ!」
その俺の言葉にANGELが反応した。
「じゃあスタジオで君が試してみなさいよ。私の歌を掻き消してみなさいよ。」
この女…
上等だよ…!!
掻き消してやんぜ!
とまんまと一度スタジオに入る事になった。
俺は雄二にも直美さんにも鼻持ちならない女を成敗してやる!とか意気巻いてた記憶がある。
そしてスタジオに入る日が訪れた。
相変わらず只のケバイ姉ちゃんだ。
掻き消してやんべと俺はツーバスを踏んでツービートを爆音で叩きはじめた。
すると…
そのマイクを持った変貌ぶりに驚かされた!
その声量とシャウトに完全にこっちが呑まれちまったのだ。
「な、なんだこの女は…」
その絶対的個性の前に俺はただ圧倒されていた…。
完敗だった…。
音楽に勝ち負けなんて無いのは承知である。
しかし俺はこの時ANGELに完敗した思いで一杯だった…。
こうして俺はANGELとバンドを組む事を承諾したのだ。
そして俺はあの日異質なオーラを感じ取ったあの男と磁石で引き合わされるが如くどんどん距離が近くなっていくのだ…